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2009年1月26日 (月)

がん「最後まで闘病」 患者81% 医師19%

1月15日(木)の日本経済新聞朝刊に「がん「最後まで闘病」 患者81% 医師19%」という見出しの記事が載っていた。

共同通信社の配信記事のようで、他の新聞でも同様の記事が出ているようだ。
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がん患者や医師らを対象にした死生観に関するアンケートで、望ましい死を迎えるために、がん患者の81%は「最後まで病気と闘うこと」が重要と回答したが、医師は19%だったとの結果を、東京大の研究グループが14日、発表した。
看護師も30%にとどまり、医療側と患者側の意識の違いが浮き彫りになった。
がん患者はどのように死を迎えたいと望んでいるかを探り、終末期医療の在り方に役立てる狙いで調査。東大病院の放射線科外来に受診中のがん患者と同病院でがん診療に携わる医師、看護師ら計1138人が回答した。
「やるだけの治療はしたと思えること」が重要という回答も患者の92%に対し、医師51%、看護師57%と、大きなギャップがあった。
一方「体に苦痛を感じないこと」「家族と一緒に過ごすこと」などは患者も医師も大半が重要とし、差はなかった。
調査した宮下光令講師は「医療従事者の回答は、現実や実現可能性を反映していると思えるが、自らの価値観と患者らの価値観が必ずしも一致しないことを自覚すべきだ」と話している。
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アンケートをされた宮下講師には悪いが、これは「医療従事者の回答は、現実や実現可能性を反映していると思えるが、自らの価値観と患者らの価値観が必ずしも一致しないことを自覚すべきだ」というよりも、アンケート設計(設問の作り方)が悪いためのように思える。

アンケートなどというものは、アンケート設計のやり方次第で右にも左にも結論を出せる場合が多い。

具体的なアンケートがわからないので、あくまでも推論に過ぎないが、「最後まで病気と闘うこと」「やるだけの治療はしたと思えること」という言葉がこのまま提示されているならば、その指し示す意味について患者と医師の認識に大きな差が生じる可能性がある。

患者の多くは、できる限りのことはやったという、単純な満足感を指していると感じるであろう。
しかし、がん医療に携わっている医師ならば、「治療をやろうと思えばできないことはないが、そのプラスとマイナスの可能性を比較すれば、治療継続はマイナス」とか「未承認抗がん剤など国内では実質上困難な治療ならばある」ないし「効果・副作用共に不明な治験」など「最後まで病気と闘わせること」や「やるだけの治療をさせること」が患者にとってマイナスとなりそうなことまで連想するであろう。さらには、大学病院という枠内での治療における制約(教授の指示以外の治療はしにくいとか、新規治療のためには倫理委員会という煩雑な事務手続きが必要など。)も思い浮かぶかもしれない。
(アンケートを実施した宮下講師は、緩和医療関係であることを同じ東大医学部の医師として知っているだろうから、積極的治療が絶対とは答えにくいバイアスもかかる)

つまり、「最後まで病気と闘うこと」「やるだけの治療はしたと思えること」というのが設問であるならば、(医師の意識と患者の意識を比較するものとしては)あまりに漠然としすぎており、粗雑なものである。

なお、このほかに注意すべき点としては、医師と患者の意識比較として使用するには、アンケート対象が、東大病院の放射線科外来に受診中のがん患者と同病院でがん診療に携わる医師、看護師という偏りを有していることを忘れてはならない。
一般的に、東大病院の放射線科外来に受診中のがん患者であれば、平均的な患者よりも治療に対して積極的姿勢を持っていることが想定される。また、放射線治療継続中の患者が、その治療を受けている病院のアンケートに対して「最後まで病気と闘うこと」に対してネガティブ、すなわち、治療に対してネガティブな回答を無意識のうちに避けるであろうことも容易に想像できる。大学病院の医師については大学病院であるがゆえの縛りがあることは書いたとおりである。

であるから、きちんとした意識比較をしようと思うならば、「最後まで病気と闘うこと」という曖昧な設問ではなく、「治療をやろうと思えばできないことはないが、そのプラスとマイナスの可能性を比較すれば、治療継続はマイナス」などとする必要があろう。
しかし、それでは、患者が設問の意味を理解できない可能性も高い。

いずれにしても、報道で書かれている差は、医者と患者の価値観の差ではなく、素朴な満足感という単純な理解しかない患者と、現実の医療の複雑さから簡単に「最後まで病気と闘うこと」が良いとはいえないという知識を持ってしまっている医師の差の表れであるように感じる。

ところで、「治療をやろうと思えばできないことはないが、そのプラスとマイナスの可能性を比較すれば、治療継続はマイナス」であっても「最後まで病気と闘うこと」が大事と問われれば、私は、躊躇なくYesと答える。今のところは、この価値観に基づき博打に参加し、成功してきているし、だから、まだ生きているわけである。
しかし、これは、賭の対象が「自分の命」だからであり、他人に進める自信はとてもない。

あなたは「治療をやろうと思えばできないことはないが、そのプラスとマイナスの可能性を比較すれば、治療継続はマイナス」であっても「最後まで病気と闘うこと」が大事と問われれば、どのように答えますか。

2009年1月19日 (月)

余命の値段

日本経済新聞で同新聞社が実施した「医療と健康に関する意識調査結果」が12月28日より毎週日曜日に順次紹介されている。

これまでの紹介された調査結果で一番目を引いたのが、「余命1年延長にいくら払う?」というものである。

「あなたの余命はあと一年です。ただし、XX円払えば健康な状態でもう一年だけ生存することができます」--。仮に医師からそう告げられたら「一年延長に」いくらまで支払いますか。あなたの答えは・・・
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「あなたの余命はあと一年です。ただし、XX円払えば健康な状態でもう一年だけ生存することができます」--。仮に医師からそう告げられたら「一年延長に」いくらまで支払うだろうか。市民調査では、「払わない」と回答した人が32.8%で最多だった。
「百万以上五百万円未満」が27.2%、「百万円未満」が24.3%で続いた。「一千万円以上」でも払うとしたのは4.1%にとどまった。このうち「一億円以上」払うとの回答は全体の0.1%。
「払わない」としたした人の割合は世代間でばらつきがみられた。二十代男性、七十代以上の男女で40%を超えたのに対し、三十代女性、四十代女性、六十代男女で三割を下回った。
「払う」とした人も金額は五百万円未満に集中。期限付きの余命延長に大金を積もうという市民の意識はそれほど高くはなかった。厚生労働省のある幹部は「日本人は病気にかかった場合、根治したいという願望が強い。健康な状態だとしても一年だけの延長に価値を感じる人が少ないのでは」と話した。
【アンケート結果】
払わない         32.8%
100万円未満      24.3%
100万―500万未満  27.2%
500万―1000万未満  9.5%
1000万―5000万未満 3.6%
5000万―1億円未満   0.4%
1億円以上         0.1%
無回答           2.1%
(日本経済新聞 2009年1月4日 より)
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正直に言って、多くの人にとって、自分の命一年間を値段がこんなに安くみているのかと驚いた。
払わないをあわせると、百万円以下で57%と過半数を超える。つまり、日本人の半数以上が、自分の余命一年をちょっした軽自動車一台よりも安いとしているのである。

このアンケート結果と、同じく日本経済新聞1月17日朝刊の次の記事とをあわせるとどうであろうか。
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「抗がん剤、高すぎる」。昨年八月、英有力紙に国立医療技術評価機構(NICE)の大胆な判断が大きく報じられた。「費用に見合うだけの効果が得られていない」との評価にさらされたのは、腎臓がんに対する四つの抗がん剤。延命効果は数ヶ月で、費用は数万ポンド(数百万円)に上る。
同機構は同時に、この抗がん剤を公的医療制度(NHS)の対象から外す指針案を公表。だが、公的診療と自費診療を併用する“混合診療”を日本と同様認めていない英では、公費負担となるはずの入院費なども自己負担となる。患者は事実上使えなくなる。
すでに独自判断でNHSの対象とする地域もある中、同機構は対象外とする判断を見直す方向で十四日に検討会を開催。だが腎臓がん患者のクライブ・ストーン(61)は「議論の間に多くの患者が次々に亡くなる」と怒りをあらわにする。
抗議が殺到する中、保健相のアラン・ジョンソン(58)は昨年十一月、「NHS対象外の薬を自費で使っても入院費用などは公費負担とする」とし、“混合診療”の基準を設ける方針を表明。次々と登場する高価な治療法や薬は公的負担の増大につながる。製薬業界と折衝し新薬の価格を低く抑える新制度導入で合意するなど、コストの抑制に頭を悩ます。
(以下、略)
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日本では、薬の承認に際して、効果・副作用が話題になることはあっても、費用ないし費用対効果について話題になっているとは聞いたことがない。
(水面下では厚労省と製薬企業がけんかをしているのかもしれないが。)

イギリスでは、過去に薬の承認に際して、費用対効果が問題となったことがある。
たしか、アバスチンについて、効果自体は認めつつも、費用に見合うだけのものではないとして、承認が見送られたことがあったはずである。(最終的にどのように決着したかは覚えていないが。)

日本の健康保険制度は、財政的にも現場的にもこのまま行けば崩壊は目前であろう。
もちろん、医療に無駄はないとは思わないが、無駄の排除程度でカバーできる範囲を大きく超えているようである。

とすれば、健康保険料の引き上げ・税金負担の拡大・医療サービスの削減のどれかが避けられないというのは自明である。
そして、政権争いに終始し国民のご機嫌取りに終始する現在の政治では、健康保険料の引き上げ・税金負担の拡大(財源のための増税)は行われそうにもないから、待ち受けるのは、保健医療制度の崩壊か医療サービスの削減であろう。

そして、もしも、本当に日本経済新聞調査のように一年間の寿命延長が百万円の価値もないと多くの国民が思っているならば、抗がん剤治療や(寿命延長につながらない)緩和医療などは、「費用に見合うだけの効果が得られていない」としてカットされる第一候補になってしまうかもしれない。

再度確認したい。

「あなたの余命はあと一年です。ただし、XX円払えば健康な状態でもう一年だけ生存することができます」--。仮に医師からそう告げられたら「一年延長に」いくらまで支払いますか。あなたの答えは・・・

(蛇足)
ひょっとすると、アンケートに答えた人は、自分の余命の価値ではなく、そのために自分の「財布」から出す金額を答えたのかもしれない。
そして、医療費は、健康保険という他人に負担してもらうものであり、自分で負担するものでないという古き良き時代に暮らし続けているだけなのかもしれない。

2009年1月12日 (月)

<まとめ> 凡夫が十牛図に思う

最初に真面目に禅に向き合われている方に、このような形で「十牛図」をとりあつかった失礼をお詫びしたい。

私は凡夫であるし、凡夫であることを楽しんでいる。
また、宗教の根本は「信じること」であると思うが、自分が信じるにいたっていないのに(「信じてしまうほうが楽」であるとしても)「信じる」ことは、自分に対する否定であり侮辱であると考える。
逆に、神(仏)が存在しないということも断言する理由はない。

神(仏)が存在するかどうかということは、人間の理解を超えた「メタ」の次元のものであろうと思う。
したがって、不可知論者ということになるのだろう。

私は、客観的事実をもとにしない観念論・概念論は、どのように魅力的であろうとそれに対して不安を感じている。これは、私自身が観念論・概念論を好むという性格なので、そのようなことに陥らないように、かえって用心深くなっているのかもしれない。

このような私であるから、宗教的な意味合いで十牛図を説明する資格も能力もない。

がん患者として、考えてきた「非宗教的」「現実的」なことについて書く際に、なんらかかわりない十牛図をイントロとして利用させてもらい、また、この内容と多少引っかけながら自分の考えを書いたにすぎない。

さて、尋牛から入鄽垂手まで書いたことを簡単にまとめておきたい。

まず、満足するがん治療を受けたいならば、その前提として、「自己」に向き合うことが必要である。
もちろん、宗教的に深い意味での自己ではない。
例えば、「名医を求む」といっても、自分にとっての名医とはどのようなものであるかはっきりとしていなければ、自分にとっての名医は見つからないだろう。
リスクに対する姿勢がはっきりとしていなければ、具体的にどのような治療を希望するのかはっきりとすることはできないだろう。
この際、治療に対する知識や他の患者の経験というものは極めて貴重なものである。
ただし、正しい情報のみとは限らない。自分にとって都合の良い情報だからといって鵜呑みにしては、かえっていけない。

次に、がんとの闘いであるが、一筋縄ではない。自分に対して鞭打ち続けることが必要である。
といって、鞭打ち続けてばかりでは、凡夫の体が持たない。時には、がんとうまく「折り合い」をつけて休むことも必要かもしれない。といっても、がんは、いつ暴れ出すかわからない。手綱から伝わる感覚は(無意識のなかで)忘れてはならない。

さらに、がん治療というものは、患者だけのものではない。家族や医師などの医療スタッフ、社会、あるいは、健康保険のような社会制度により成り立っていることを忘れてはならない。
このような「周囲」に対する「感謝」や周囲をより良くするための「努力」を忘れてはならない。

最後に自分の経験をいかにして残すか。
また、そのために、どのような生活(がん治療)を送るのか。

今年も凡夫は凡夫なりの努力をしていきたい。

2009年1月11日 (日)

第十入鄽垂手<にってんすいしゅ>


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第十入鄽垂手

柴門独掩、千聖不知。
埋自己之風光、負前賢之途轍。
堤瓢入市、策杖還家。
酒肆魚行、化令成仏。


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第十に鄽(てん)に入り手を垂る

柴門独り掩うて、千聖も知らず。自己の風光を埋めて、前賢の途轍に負(そむ)く。瓢を堤げて市に入り、杖を策(つ)いて家に還る。酒肆(しゅし)魚行(ぎょこう)、化して成仏せしむ。

第十に町に出かけ手を垂れる

ひっそりと柴の戸を閉ざしていて、どんな聖者も、その内部を知ることはできぬ。自分の個性的輝きをかくすとともに、昔の祖師の歩いた道をゆくことも拒んでいる。徳利をぶらさげて町にゆき、杖をついて隠れ家に還るだけ。酒屋や魚屋たちが、感化して成仏させるのである。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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まちへ・・・悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
)

仏教は、大乗仏教と小乗仏教に大別される。

小乗仏教のほうが、より古い(もともとの教えに近い)仏教である。これは、個々人の解脱を目指すものといわれている。
大乗仏教は、より新しい仏教であるが、個々人の解脱というより、衆生全体の救いを目指すものといわれている。

日本に伝来した仏教は大乗仏教であり、禅宗もその一つである。

禅宗というと個人の悟りを目指しているものとも思われそうであるが、私の浅薄な理解では、悟りとは一切衆生有仏性(=一切衆生無仏性)ということを得ることのようであり(なお、ここでの「有」「無」は絶対的な有/無である。)、一切衆生有仏性(=一切衆生無仏性)とは、乱暴に言えば、「全ての存在は救われている」ということらしい。

「人牛倶忘」は個人の悟りであるし、「返本還源」にしても「個人を取り囲んでいる」自然との融合であり、ここまでは、衆生に直面してはいない。
ところが、最後の「入鄽垂手」になると、徳利をぶらさげた布袋さんの姿となって町へぶらりと入っていき、童子に話しかける。

そして、この童子が最初の尋牛の児童なのであり、この十牛図全体としても円を描いているのであると、ある解説本には書かれていた。
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ここまで偉そうなことを書いてはいるが、私には、まだ真実の自己などわからない。多分、生きているうちにはわからないだろう。
また、がんときちんとつきあいきれてもいない。

つまり、凡夫である。ひょっとすると、真実の自己を求める必要を考えているので「発心者」程度には入るかもしれない。
もっとも、凡夫であることや迷っていること自体を楽しんでいるのかもしれないし、そうではなく、きちんとこれらのことに直面するのを避けているのかもしれない。

このような私が情報発信する資格があるのかどうかは不明であるが、それについては、このブログを読まれる方が判断すれば良いことである。

「入鄽垂手」などと難しいことを言うつもりはない。「物言わぬは腹ふくるる技なり」で十分である。

布袋様のような悟りはない。しかし、ふらふらと世迷い事を書き連ねているようなので、やはり徳利を下げた酔っぱらいなのだろう。
(ちなみに、肝臓保護のため、お酒はせいぜい年に2~3回程度、それもほんのおつきあいというのが実態ではあるが。)

2009年1月10日 (土)

第九返本還源<へんぽんげんげん>

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第九返本還源

本来清浄、不受一塵。
観有相之栄枯、処無為之凝寂。
不同幻化、豈仮修持。
水緑山青、坐観成敗。


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第九に本に返り源に還る

本来清浄にして、一塵を受けず。有相の栄枯を観じて、無為の凝寂に処す。幻化に同じからず、豈に修持を仮らんや。水は緑に山は青うして、坐(いなが)らに成敗を観る。

第九にはじめに帰り源にたち還る

はじめから清らかで、塵ひとつ受けつけぬ。仮りの世の栄枯を観察しつつ、無為(涅槃)という、寂まりかえった境地にいる。空虚な幻化(まぼろし)とは違うのだ、どうしてとりつくろう必要があろう。川の水は緑をたたえ、山の姿はいよいよ青く、居ながらにして、万物の成功と失敗が観察される。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
)

「人牛倶忘」以上にわからないのが、この「返本還源」。いくつかの解説本などを読んでみたが凡夫たる私の理解の範囲外である。


私なりの浅薄な考えを書かせてもらうならば、「人牛倶忘」までは、あくまでも一人の自己(真実の自己)の範疇での境地である。
「人牛倶忘」が絶対的な無といっても、自己と真実の自己の対立なり同一を超越した境地である以上、その根本には、絶対的な自己(=無)が存していよう。

多分、「返本還源」とは、そのような絶対的な自己も、自然の中の一部であるという個人と自然の同一(溶け込み)という境地なのではないかと思うがどうだろうか。
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がん患者も同様であろう。

患者を取り囲む家族などや医師など医療スタッフ、さらには、これらを含めた社会、あるいは、健康保険制度や医学・薬学の研究など、外部環境に支えられて存在している。
見方を変えると、患者もこのような「自然」の一部にすぎない。

ともすれば、私を含めて患者は、自分が主人公という自己中心になりがちである。
これは、ある意味では正しい(当たり前)のことであるが、他方、周囲があってこその患者であることも事実である。

患者として、自分なりのあり方 (真実の自己)を求め続けることは大事なことであるが、他方、全体(広い意味での社会)の中の部分であることも忘れてはならないと思う。

一つには、周囲に対する「感謝」であり、もう一つには、周囲をより良くするための「努力」である。

例えば、健康保険制度に対する批判にしても、単に自分に都合が良くなるように「○○であるべき」と主張するのと、患者となっての経験をもとに、より良い健康保険制度となるように「より良い医療(及び社会負担)のためには○○であるべき」と主張するのでは、同じ批判であるとしても、立ち位置は大きく異なってくるはずである。

しかし、ひょっとすると、「死」を現実のものとして実感できる進行がん患者は、うまく「開き直る」ことができれば、「本来清浄にして、一塵を受けず。有相の栄枯を観じて、無為の凝寂に処す。幻化に同じからず、豈に修持を仮らんや。水は緑に山は青うして、坐らに成敗を観る」という境地に近づきやすいのかもしれないが、少なくとも、凡夫たる私(凡夫であることを楽しんでいる私)は、このような境地にたどり着くことはできそうにない。

2009年1月 9日 (金)

第八人牛倶忘<にんぎゅうぐぼう>

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第八人牛倶忘

凡情脱落、聖意皆空。
有仏処不用遨遊、無仏処急須走過。
両頭不著、千眼難窺。
百鳥含花、一場懡儸。第八に人牛倶に忘る

凡情脱落し、聖意皆な空ず。有仏の処、遨遊(ごうゆう)することを用いず、無仏の処急に須(すべから)く走過すべし。両頭に著(お)らざれば、千眼も窺(うかが)い難し。百鳥花を含むも、一場の懡儸(もら)。

第八に人も牛もどちらも忘れる

迷いの気持が抜け落ちて、悟りの心もすっかりなくなった。仏のいる世界に遊ぶ必要もなく、仏のいない世界にも足をとめずに通りぬけなくてはならぬ。凡聖のどちらにも腰をすえぬゆえに、観音様の千眼さえ、この正体を見てとることはできない。鳥が花を銜(くわ)えてきて供養することなど、顔の赤らむ場面だ。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

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柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
)

すべてが忘れさられ、無に帰一するというが、ここでの「無」は絶対的な無ということらしい。つまり、「有」に対する「無」ではなく、有・無という相対的なものを超越した「無」である。


話は長くなるが、大乗仏教の経典の一つに「維摩経」がある。これは、「維摩」という在家信者を通して大乗の教えを語るものである。

在家信者と書いたが、ただの在家信者ではない。ある時、彼は病気にかかるのだが、風邪や腹痛、伝染病などではない。「衆生が病むがゆえに、我もまた病む」というのだから。
そして、釈迦が舎利弗・目連・迦葉などの弟子達や、弥勒菩薩などの菩薩にも見舞いを命じた。しかし、みな以前に維摩にやりこめられているため、誰も理由を述べて行こうとしない。そこで、文殊菩薩が見舞いに行き、維摩と問答を繰り広げる。
最後に、「不二の法門」(互いに相反する二つのものが、実は別々に存在するものではない。例を挙げると、生と滅、垢と浄、善と不善、罪と福、有漏(うろ)と無漏(むろ)、世間と出世間、我と無我、生死(しょうじ)と涅槃、煩悩と菩提などは、みな相反する概念であるが、それらはもともと二つに分かれたものではなく、一つのものである)に入るためにはという質問を維摩が行う。
文殊と維摩の問答を聞くべくつめかけていた菩薩たちが一つずつ不二の法門に入る事を説明する。そして、文殊菩薩が「すべてのことについて、言葉もなく、説明もなく、指示もなく、意識することもなく、すべての相互の問答を離れ超えている。これを不二法門に入るとなす」といい、今度は維摩の見解を説くように促したが、維摩は黙然として語らなかった。文殊はこれを見て「なるほど文字も言葉もない、これぞ真に不二法門に入る」と讃嘆した。
これを「維摩の一黙」という。
参考:ウィキペディア(Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%AD%E6%91%A9%E7%B5%8C

それにしても、維摩というスーパーアマチュアが文殊のようなスーパー専門家をやり込めるというのも宗教の教えとしては思い切ったシナリオではある。

ところで、文殊のように「言葉も『なく』、説明も『なく』、指示も『なく』、意識することも『なく』、すべての相互の問答を『離れ超えている』」と言ったとたんに、有無の無という相対的な無にしかならないのである。

仏教の「無」についてなんとなく分かっていただけただろうか。
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このような高尚な教えではなく、がん患者にとっての「人牛倶忘」とは何なのだろうか。

到家忘牛(忘牛存人)で自分とがんとの折り合いをつけても、がんを存している自分は残っている。
これは、有無の有(相対的な有)である。

がん(牛)も、がんにかかっている自分(人)も、共に溶け去ってしまうとすれば、そこに残るのは、がんであろうと、がんでなかろうと変わらない本質的自己なのかもしれない。
きっとそれは、形あるものではないだろう。逆に形あるものならば、がんかがんにかかっている自分のどちらか(ないし両者)なのだろう。

また、がん治療の根本に、患者自身の「価値観」をきちんと整理し、知っておくことが重要という意味のことを何回も書いたように思うが、これは、本質的自己を知る努力につながるのかもしれない。

たしかに、「人牛倶忘」は、円相でしか表しようがないのかもしれないと思われてきた。

2009年1月 8日 (木)

第七到家忘牛<とうかぼうぎゅう>

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第七到家忘牛(注)

法無二法、牛且為宗。
喩蹄兎之異名、顕筌魚之差別。
如金出鉱、似月離雲。
一道寒光、威音劫外。


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第七に家に到って牛を忘る

法に二法無し、牛を且(しばら)く宗と為す。
蹄兎の異名に喩え、筌魚(せんぎょ)の差別を顕わす。
金の鉱より出づるが如く、月の雲に離るるに似たり。
一道の寒光、威音(いおん)劫外(ごうげ)。

第七に家について牛を忘れる

真理が二つあるわけではない。牛を主題としただけだ。蹄(わな)と兎が別ものであるのと同じく、筌(ふせご)と魚の別があるようなものだ。あたかも純金が金鉱からとり出され、月が雲をぬけでるのに似ている。一すじの透明な月の光は、威音王仏のとき以前のものだ。

(注)流布本のほとんどは「忘牛存人」としているが、引用元に従った

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

迷い多き(迷いを遊んでいる)凡夫の私からは想像するしかない心境である。

「自己」と「真実の自己」について、「自己」vs「真実の自己」という対立・葛藤ではなく、「自己」=「真実の自己」と二つが同一と気づいたのであろうか・・・

理屈の上ならば「がん細胞だって、自分の細胞だ」となるが、これはどこまでも屁理屈にしかならないし、無益であろう。

あえて言うならば、「騎牛帰家」が、牛(がん)のことを気にしつつも、生活においては「折り合い」をうまくつけている精神的な共生状態であるとすれば、がんのことを忘れて普通の生活を淡々と過ごしている様子になるのであろうか。

もちろん、「尋牛」「見牛」「得牛」「牧牛」「騎牛帰家」を経てからの「忘牛」である。
牛など知りたくないものは見たくないとか、単に牛を知らないという凡夫とは全く異なるものであろう。

2009年1月 7日 (水)

第六騎牛帰家<きぎゅうきか>

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第六騎牛帰家

干戈已罷、得失還空。
唱樵子之村歌、吹児童之野曲。
身横牛上、目視雲霄。
呼喚不回、撈籠不住。

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第六に牛に騎(の)って家に帰る

干戈(かんか)已(すで)に罷(や)み、得失還(ま)た空ず。樵子の村歌を唱え、児童の野曲を吹く。身を牛上に横たえ、目は雲霄を視る。呼喚すれども回(かえ)らず、撈籠(ろうろう)すれども、住(とど)まらず。

第六に牛にまたがって家に帰る

争いはとっくに終わって、捕らえることも放すこともさらにない。樵子(きこり)の歌う田舎歌を口ずさみ、童歌(わらべうた)のメロディを笛で吹く。
気楽な格好で牛の背にまたがり、目は大空のかなたを見ている。かれらを呼びかえすこともできず、引きとめようもない。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る姿。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
)

ひょっとすると、幸運にも長期間にわたって「得牛」と「牧牛」を繰り返していると、がんを背負った暮らしが「普通」のことになってくる。


さすがに、樵子の歌う田舎歌を口ずさみ、童歌(わらべうた)のメロディを笛で吹いたりはしないものの、結構気楽な格好で牛の背にまたがりつづけていられる。

もちろん、がんのことは念頭にあり、離れることはない。
しかし、それが気になって離れないということではない。

見方によっては、「慣れほどおそろしいことはない」のかもしれない」

もっとも、がんという牛は「野生の牛」であり、飼いならされた馬ではない。
そのうちに、急に走り出して、牛の背中から振り落とされて痛い目を見てしまうのかもしれない。

また、あまりに油断していると、家に帰り着くどころか、道を踏み外してしまい断崖絶壁から転落して死んでしまうかも分からない。

牛の背中に乗ることは、ある意味では楽ちんなことかもしれないが、危険と隣り合わせのことでもある。

2009年1月 6日 (火)

第五牧牛<ぼくぎゅう>

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第五牧牛

前思纔起、後念相随。
由覚故以成真、在迷故而為妄。
不由境有、唯自心生。
鼻索牢牽、不容擬義。

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第五に牛を牧(か)う

前思纔(わず)かに起これば、後念相い随う。覚りに由るが故以(ゆえ)に真と成り、迷いに在るが故而(ゆえ)に妄と為る。境に由って有なるにあらず、唯だ心より生ず。鼻索牢(つよ)く牽いて、擬義を容れざれ。

第五に牛を飼いならす

ある意識が起こるやいなや、その後から他の思いがくっついてくる。本心にめざめることによって、真実を完成するのであり、それを見失っているから、迷妄なのだ。対象のせいでそうなるのではなくて、自己の心が起こしているにすぎぬ。牛の鼻の綱を強く引くことだ、もたついてはならぬ。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html
柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
)

荒れる牛を馴らして連れて帰るところのようである。手綱に張りつめた様子はない。


図につけられている序(言葉)に違うが・・・

「得牛」で「自分自身にも『鞭楚を加え』続けることを忘れてはならない」と書いたが、凡人にはこのようなことは無理である。

がん治療においても、がんと「戦い続け」ては精神的に持たない。
多くの場合、がんと治療が拮抗し、ひとときの落ち着きが与えられることは多い。

このような時には「手綱を張りつめたままにしない」で、ひとときの休息を味わうことが大切なことだろう。

しかし、ここで油断していると「前思纔かに起これば、後念相い随う」こととなる。がんという「牛」はどこまでも野性の性質を失うことはない。
いつなんどき、暴れ始めるかわからない。

休みながらも、手綱から手を放さず、手綱を通して「牛」の様子をうかがうことを忘れない。

2009年1月 5日 (月)

第四得牛<とくぎゅう>

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第四得牛

久理郊外、今日逢渠。
由境勝以難追、恋芳叢而不已。
頑心尚勇、野性猶存。
欲得純和、心加鞭楚。


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第四に牛を得る

久しく郊外に埋もれて、今日渠(かれ)に逢う。境の勝れたるに由って、以て追い難く、芳叢(ほうそう)を恋いて已まず。頑心は尚お勇み、野性は猶お存す。純和を欲得(ほっ)せば、必ず鞭楚(べんそ)を加えよ。

第四に牛を手に入れる

長らく野外にかくれていたその牛に、やっと今日はめぐり逢った。人は四方(あたり)の美しい景色に見とれて、牛に追いつくことができず、牛も美しい草原が気になって仕方がない。頑な心が依然として奮いたち、粗野な習性がまだ残っている。おとなしくさせたいと思うなら、どこまでも鞭をあたえることだ。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)

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力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ふと、「牛」とは自分でない自己。そうであるとすれば、がんを「牛」として考えるとどうなるのだろうか。

すると、まさしくこれは、治療によりがんと戦っている姿なのかもしれない。

がん治療は一筋縄ではいかない。抗がん剤が効いていると反面、副作用に悩まされているかもしれない。あるいは、少し油断すれば、耐性が生じたのに気づかずに対処が遅れてしまうかもしれない。

「頑心は尚お勇み、野性は猶お存す。純和を欲得せば、必ず鞭楚を加えよ」(頑な心が依然として奮いたち、粗野な習性がまだ残っている。おとなしくさせたいと思うなら、どこまでも鞭をあたえることだ)。

また、頑な心は牛だけとは限らない。抗がん剤が効いていて、がんがコントロールできていると、つい安心してしまう。そして、耐性が生じたことがわかってから狼狽する。自分自身にも「鞭楚を加え」続けることを忘れてはならない。

2009年1月 4日 (日)

第三見牛<けんぎゅう>

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第三見牛

従声得入、見処逢源。
六根門著著無差、動用中頭頭顕露。
水中塩味、色裏膠青。
眨上眉毛、但非他物。

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第三に牛を見る

声より得入し、見る処に源に逢う。六根門、著著差(たが)うこと無く、動用中、頭頭顕露す。水中の塩味、色裏の膠青。眉毛を眨上(さっじょう)すれば、但だ他物に非ず。

第三に牛を見つける

声をたよりに躍りこんで、眼についたその場で根源と出会う。六つの感覚の一手一手が行きちがうことなく、日常の動きの一つ一つが、ズバリとそれを現してくる。水に含まれている塩分や、絵画の中の膠のようなものだ。眼をカッと見ひらけば、まさしくほかの物ではない。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)
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牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

自分自身を見つめ、一方で、知識(医学的知識や他の患者の経験)を蓄積していくと、自分が希望する治療が見えてくる。

しかし、このような生半可な自分の希望がそのまま世の中で得られるとは限らない。「六根門、著著差うこと無く、動用中、頭頭顕露す」(六つの感覚の一手一手が行きちがうことなく、日常の動きの一つ一つが、ズバリとそれを現してくる)とあるが、そうではなく、生半可ながら見つけた自分とそのとおりにはならない日々の体験をすりあわせていき、「著著差うこと無く」なるような努力をし続けることが必要であろう。

しかし、それでも何も考えないで治療を受けている患者に比べれば、「眉毛を眨上すれば、但だ他物に非ず」にかなり近づけるのではなかろうか。


2009年1月 3日 (土)

第二見跡<けんせき>

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第二見跡

依経解義、閲教知蹤。
明衆器為一金、体万物為自己。
正邪不辨、真偽奚分。
末入斯門、権為見跡。

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第二に跡を見る

経に依って義を解し、教を閲(けみ)して蹤(あと)を知る。衆器の一金たることを明らめ、万物を体して自己と為す。正邪辨ぜずんば、真偽奚(なん)ぞ分かたん。未だ斯(こ)の門に入らざれば、権(かり)に見跡と為す。

第二に足跡を見つける

教典をたよりに、すじみちを了解し、教えを学んで、足跡がわかった。さまざまな器物がもとは同じ金塊であることをはっきりさせ、万物が自分と同じであることを実感する。教の(足跡の)正邪を判断できぬのに、どうして本物か偽物かを見分けることができよう。まだ仏法の門をくぐってはいない、とりあえず足跡を見つけたところである。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)

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牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

危機に直面した場合、過去の同様の危機における経験を調べ参考にするであろう。


がん患者も同様である。

がんについては、本やネットで、いろいろな闘病記などの体験談や治療に関する医学的情報(といっても、ほとんどが「入門編」の情報であり、「中級編」や「上級編」の情報を得ようとすると大変)があふれている。
まずは、これらを学ばずに、自己流に治療を探しても、世の中に存在しない単なる夢・幻を求め続けることになりかねない。
まさしく、「経に依って義を解し、教を閲して蹤を知る」(教典をたよりに、すじみちを了解し、教えを学んで、足跡がわかる)ことが第一歩に違いない。

きっと、先人(他の患者)が同じようなことを悩み、考え込んでいたことがわかるに違いない。また、いろいろな治療があるものの、その根底には共通するものがあることも感じられてくるだろう。
「衆器の一金たることを明らめ、万物を体して自己と為す」(さまざまな器物がもとは同じ金塊であることをはっきりさせ、万物が自分と同じであることを実感する)。

といっても、現在のがん治療は進歩している。数年前の体験や情報が現時点でベストとは限らない。さらには、がん患者を鴨にしようとする「トンデモ情報」があふれかえっている。
「正邪辨ぜずんば、真偽奚ぞ分かたん」(教の(足跡の)正邪を判断できぬのに、どうして本物か偽物かを見分けることができよう)との思いを忘れずに、得られた情報は主治医などに相談しつつ判断していくことが必要であろう。

いずれにしても、積極的に情報を得ようと努力することが「未だ斯の門に入らざれば、権に見跡と為す」、いや、「未だ斯の門に入らざれども、権に見跡と為す」ことは間違いないのではなかろうか。

2009年1月 2日 (金)

第一尋牛<じんぎゅう>序

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第一尋牛序

従来不失、何用追尋。
由背覚以成疎、在向塵而遂失。
家山漸遠、岐路俄差。
得失熾然、是非鋒起。

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第一に牛を尋ぬ 序

従来失せず、何ぞ追尋を用いん。
背覚に由って以て疎と成り、向塵に在って遂に失す。
家山漸(ますま)す遠く、岐路俄(にわか)に差(たが)う。
得失熾然として、是非鋒起す。

第一に牛を探す まえがき

はじめから見失っていないのに、どうして探し求める必要があろう。覚めている目をそらせるから、そこにへだてが生じるので、塵埃にたち向かっているうちに(牛)を見失ってしまうのだ。故郷はますます遠ざかって、わかれみちでたちまち行きちがう。得ると失うとの分別が、火のように燃えあがり、是非の思いが鋒のほさきのようにするどく起こる。

引用元
京都相国寺蔵 伝周文筆 「十牛図」
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu_index.html

柳田聖山「住鼎州梁山廓庵和尚十牛図」
(上田閑照・柳田聖山「十牛図」、ちくま学芸文庫)

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牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

私も含めて、ほとんどの方は、牛=真の自己について思うことはないだろう。

日常の雑事で手一杯であるし、日常の雑事に真の自己を持ち出す必要性は薄い。
しかし、何らかの理由により精神的な危機に瀕した時に、真の自己と向き合うことが求められるのではないか。

ビジネスにおいても、右肩上がりの経済ならば、周囲にあわせておけば、そこそこの成長が見込めるであろう。しかし、縮小経済の中ならば、自分の会社の本質(企業の存立目的)を見つめて、どのようにカジを切るかが求められるだろう。
もちろん、そのようにカジをとってもうまくいく保証はない。しかし、環境に流されるだけの会社よりも生き残るチャンスは多いのではなかろうか。

ところで、個人にしろ会社にしろ、危機に瀕した時に「真の自己」を確認する方ばかりではない。というよりも、このような方は少数だろう。
多くの方は、驚きに立ちつくし、あるいは、周囲の環境に流されるままになるだろう。
もちろん、流されて、その結果、偶然に岸辺に打ちあげられて助かるかもしれない。
真の自己にこだわったあまり、変化に対応できないかもしれない。

であるが、歴史のある(つまり長期間存立し続けている)会社の多くは、それぞれ憲法ともいえる「会社のあり方」を持ち続けていると言われている。つまり、「真の自己」を理解し守り続けることは会社にとって極めて重要なことのようである。

がんという病気を告げられて、多くの患者・家族は、呆然と立ち尽くすであろう。
日常の雑事に対応していればよかったのが、一気に危機に直面するからである。

そして、多くの方は、そのまま立ちすくみ、また、周囲の環境に流されて進んでしまうだろう。もちろん、早期がんのように、対応が標準化(ほぼ絶対化)されているならばそれでも良い。
しかし、進行がんではそうではない。よしんば、標準的治療がまとめられているものであっても、治療が進み、第二・第三選択薬となると標準化はほとんどのがんでなされていない。もちろん、標準的治療が「平均的」に優れたものであるとしても「ある患者」において最善なものかどうかは別である。

もしも、「自己にとって最善」の治療を求めるならば、「真の自己」に向き合う必要が出てくるはずである。

なにも、禅宗でいう「牛(悟り)」を求めるというのではない。
日常では雑事の対応に追われて目を向けてこなかった(目を向ける必要がなかった)自己を「客観的」に見つめるべきなのである。

ただし、漠然とした真の自己では仕方がない。
例えば、名医(自己から見て)を求める自己だけではなく、遠隔地ではなく見知った土地に居続けたい自己など、多くの異なる側面から自己を見つめて、そして、それを踏まえた「真の自己」を探さねばならないのである。

そもそも、このような真の自己は常にあるはずである。そして、日常では雑事の対応に追われて目を向けてこなかった(目を向ける必要がなかった)だけのはずである。

まさしく、「従来失せず、何ぞ追尋を用いん。背覚に由って以て疎と成り、向塵に在って遂に失す。」(はじめから見失っていないのに、どうして探し求める必要があろう)である。

しかし、多くの側面から自己を見つめていると「岐路俄に差う。得失熾然として、是非鋒起す」(わかれみちでたちまち行きちがう。得ると失うとの分別が、火のように燃えあがり、是非の思いが鋒のほさきのようにするどく起こる)ことも間違いない。

それでも私は、「真の自己」を探し求めることが、自己にとっての最善の治療を求めるために必要ではないかと信じている。

2009年1月 1日 (木)

2009年謹賀新年

謹んで新春のお慶びを申し上げます

丑年にちなんで牛の絵を・・・。

 

Jyugyuzu_08jingyuugubou

ただの円ではないか。どこが「牛」の絵だと思われるかもしれませんが。

「十牛図」という禅書があります。

これは、禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした十枚の絵と頌で表したもの。

牛とは悟り(真の自己)

「尋牛」からはじまり、牛を見つけ、牛を慣らし、牛に乗り帰宅し、牛のことも忘れる、ここまでが最初の七つ。

八番目では「人牛倶忘」となり、人も牛も忘れ去られます。これを表すのが、この円相です。つまり、これは「人倶忘」の図、すなわち「牛の絵」なのです。

Jyugyuju_08jingyuugubou

そして「返本還源」で自然に返り、最後は、「入鄽垂手」、つまり、街へ出て人を導く。

牛を失っていることに気づかず、「牛を尋ねる」ことすらしようとしないのが普通かもしれません。

その中で「牛」を見つけ、これを慣らすことは至難でしょう。

その上で、牛のみならず自分をも忘れる。

更に、自己にとどまらず、広く他人をも導こうとする。

50歳(半世紀)を越えて既に数年。しかし、自分の牛がどのような姿をしているのかも不明のままです。

とはいうものの残り期間も見えつつあります。

一方では「牛」を探し続け、他方では、これまで探し続けた経験を少しでも発出する、そのような一年にできればと考えています。

己丑(平成21年)元旦

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