「夢」・「希望」・「期待」
東京では、ソメイヨシノの花も散り、青葉の季節に移りつつあります。
ところで、4月に入ると、電車などの中で入社したてとすぐにわかるスーツ姿(←どこか板に付いていない)や真新しいカバンをもった新入生がちらほらとみられます。
このような「期待」の新人は、よく先輩から、「夢は?」とか「希望は?」とか訊ねられたりします。
「夢」、「希望」、「期待」という言葉は似てはいるが、といって同じことでもないようだ。
例えば・・・
松坂は「夢」をかなえるために、西武に大リーグへの移籍を「希望」し、それがかない、レッドソックスの地元では、今シーズンの活躍が「期待」されている。
「夢」、「希望」、「期待」のどれを入れ替えても、何となくおかしな日本語になる。
人によって違うだろうが、次のような感じをもっている。
「夢」とは究極の理想である。
核融合は、久しく「夢」のエネルギーといわれてきたが、実現していない/実現することがまだ現実的ではないからこそ「夢のエネルギー」なのである。
実現した時は、「現実」なのであり「夢」ではない。
「夢」はたどりつけない、しかし、そこに向かっていくべきものとして必須のものである。(「夢」なくして生きていくのはたいへんである。)
松坂にとって、本当に大リーグが「夢」なのだったら、野球技術はすごくとも、人間としては極めて小さい。
「希望」というと、これも実現していない/実現することがまだ現実的ではないものではあるが、実現する可能性が相当にあるものである。
しかし、「希望」するという言葉では、それに向かって努力するというニュアンスがない。
周りに対して、実現してもらうべく努力してもらうという「依頼」の心がある。
逆に「希望」にすぎないのであるから、実現しなくとも仕方がないのである。
過去に多くの「希望」の星が、期待はずれに終わったが、といって、元希望の星を責めることはできない。
これが「期待」になると異なってくる。実現していない/実現することがまだ現実的ではないというところまでは同じであるが、他人に対してその実現を「要求」するということが加わってくる。
もしも、松坂が活躍出来なければ、松坂に期待していたレッドソックスファンは、松坂に対してブーイングをあびせるだろう。
本来、「期待」する以上は、それに対する見返りがなければいけない。松坂に対しては、高額の移籍金や契約金が支払われている。だからこそ、活躍を希望されるにとどまらず期待されるというわけである。
最近、この「夢」、「希望」、「期待」があいまいになりつつあるように思える。
いや、正確には、全てが「期待」に化しているようだ。
この数十年の科学技術の発達は、「夢」(というか手塚治虫の漫画の世界)を、あっという間に現実にしつつある。
また、生産技術・流通・情報化に支えられた少量多品種サービスにより、個々人のそれぞれに相違する小さな「希望」までかなえられつつある。
客が「希望」する商品がないのは、「悪」になりつつある。
「夢」も「希望」も実現“される”のが当然である。実現されないのは、どこかに間違いがある。
つまり「期待」に化している。
夢の王子様がプロポーズしてくれるのを期待して結婚しない女性。
不可抗力の事故ということを認めない「被害者」。
薬の副作用“だけ”を大きく取り上げるマスコミ。
このままだと、とんでもないことになりそうな予感がする。
幸いなことに、この予感が実現するまでは生きていないだろうが。
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がん治療も同じである。
がんが「100%治り、副作用もない」というのは、まだまだ「夢」である。
しかし、この「夢」を現実と信じて、健康食品に逃げ込む人がいる。
いろいろな基礎研究の成果発表。
マスコミは、いかにもすごい薬が実現しそうなことを書く。
しかし、薬の開発は、動物実験で効果・副作用が確認されたものでも、人間に対する治験の結果、ダメになるものが過半なのである。
基礎研究段階ならば「夢」、動物実験や治験に至って、やっと「希望」程度にすぎない。
なのに、「期待」をもたせる報道に患者は一喜一憂してしまう。
がん治療制度に対して不満を叫ぶ患者団体。
たしかに、がん治療制度に改善すべき点は多い。
しかし、「夢」を現実にするには、いろいろな問題点をクリアしていく必要がある。
「希望」は尊重されるべきかもしれないが、医療全体という視点からも考えられなければならない。
「夢」、「希望」、「期待(要求)」を、区別しなければ、単なるヒステリーになってしまう。
夢なくして、治療を受けるのは苦痛である。
受ける治療に対して希望をいだくのは当然かもしれない。
期待をもつなというのは無理だし、残酷である。
といって、「過大」な期待をしてしまうと、うまくいかなかった時に、ショックを受けるのは当人である。
希望は持ちつつも、期待は抑える努力が必要な気がする。


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