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はじめての訪問者に -このブログの説明-

プロフィールに書いたように、このブログは膵内分泌細胞がんという稀ながん患者のものです。
未承認抗がん剤の効果もあり、かなり進行した段階で見つかったにもかかわらず、かなりの期間、生きています。

しかし、このブログは、日々の生活日記・闘病記ではありません。
このようなものならば、いくらでもより適当なブログがあふれています。

一つの柱としては、膵内分泌細胞がん(膵内分泌腫瘍、ラ氏島腫瘍などともいう)に関する化学療法の情報です。
多分、国内はいうに及ばず、海外を含めても、かなり充実していると思っています。
(といっても、そもそも稀ながんですから、絶対量は多くはありません。)
当方の治療歴・投薬歴も、参考までにということでまとめています。

もう一つの柱としては、「がん患者」として考えてきたことを独断と偏見のもとに書いています。
この中には、マスコミ報道批判があります。

膵内分泌細胞がんにだけ興味があるが、独断と偏見には関心がないという人もいるでしょうし、その逆もいるでしょう。

このため、記事は、いくつかのカテゴリーにわけてあります。
必要なカテゴリーのみをお読み下さい。

「全記事」
文字通り、全ての記事が入っています。かなり暇ならばどうぞ。

「膵内分泌細胞がん」
膵内分泌細胞がんについての情報です。膵内分泌細胞がん自体については、記事で紹介しているHPをご覧下さい。
化学療法については、世界で最も権威のあるASCOでの発表を中心にまとめています。

「治療の経緯」「治療歴(投薬歴)」「静脈瘤」
治療の経緯は、発見から現在までの転院などの治療経緯です。
投薬歴は、具体的にどのような抗がん剤を受けてきたかを示しています。
静脈瘤は、腫瘍による副次的な影響として静脈瘤が出ていますので、それについて書いていますが、直接、がん治療には影響しません。

「未承認抗ガン剤」
未承認抗がん剤を使っているので、未承認抗がん剤についての情報を書いています。
記事の量としては、多くはありません。
なお、未承認抗がん剤は夢の薬では決してありません。安易に未承認抗がん剤を使用しようとするならばやめたほうがいいでしょう。
記事をお読みの上で、さらに関心のある方はメール(プロフィール欄参照)をいただけると幸いです。

「粘る稀ながん患者の独善的コラム」
「がん患者」として考えてきたことを独断と偏見のもとに書いたものです。
ただし、がんが分かる前から考えていたことを「患者」の視点を加えて書いたものや、患者としてではなく一人の人間として考えたことに「患者」としての視点を加えたものがほとんどです。
したがって、かなりこじつけたものもありますがご容赦を。

「がん報道を評価」
マスコミ記者のほとんどは素人です(患者以下)。
新聞などのマスコミが正しいと「盲信」するととんでもないことになります。
気が向いた時に、ヘンチクリンなマスコミ記事について批判しています。

「ユーモア・エスプリ・実話」
いろいろなユーモアをがん患者風に味付けしてみました。
また、診察室での笑い(実話)もひろっています。
人によっては、不謹慎な内容と思われるでしょうが、患者本人が書いたということでご勘弁を。

「その他」
年始の挨拶代わりの記事です。
一応、文学も好むことを知って下さい。

コメント・TBについては、歓迎です。
このブログは訪問者(一日に50~100人)のわりにコメントなどが極端に少ないという特徴がありますが、これは当方の望みではありません。
健康食品関係や業者さん、ないし営利のもの、また、ピンク系といったものは削除しますが、そうでなければ、かなり関係なさそうなものでも排除しません。

引用は自由ですが、できれば出もとは明記して下さい。

リンクフリーですが、こちらからリンクするとは限りません(多分、しません)。
なお、リンクされる際は、一言連絡をいただければ幸いです。

当方に直接連絡をされたい方は、プロフィール欄にメールアドレスを書いています。
これは、フリーのアドレスです。当然、そちらもフリーのアドレスを利用頂いてかまいません。
ただし、毎日、メールチェックはしませんので、ご返事に多少時間がかかるかもしれませんのでよろしく。
(なお、アドレスは、迷惑メールが増えてくれば変更します。過去に送ったメールアドレスが変更されているかもしれませんので、プロフィール欄の確認は忘れずに)

2009年11月 9日 (月)

治療歴その10 エベロリムス(everolimus:RAD001)+テモドール+サンドスタチン(2009.11~)

実のところ二月ぐらい前から、everolimus(RAD001)をしばらく休薬して、これまで使用した過去使用した薬ベースに戻すかという話があった。

これについて理解してもらうためにeverolimus(RAD001)の副作用について簡単にまとめてみる。これは、この記事に必要な範囲で書いているので、これが全てと理解しないで欲しいが。

まず、自覚できる副作用であるが、
・ 口内炎(いわゆる標準量(治験で使われている量))はほぼおこるようである。
・ 強い倦怠感(これは投与期間と共に強まっていき、日本人で10mg/日を続けることができる人はかなり少ないようである。)

自覚できない副作用としては、
・ 肝機能低下
・ 骨髄抑制
という抗がん剤に広く見られるもののほかに、
・ 高血糖
などというものもある。

このため、「継続できなければ意味が薄い」との考えのもとに、治験量(10mg/日→副作用に応じて5mg/日に減量)と比べて、かなり少ない2mg/日としてきた。
もっとも、治験患者さんでも5mg/日でも大変で、5mg/2日にまで減らしている方もいるようなので無茶苦茶ということでもない。
もしも、everolimus(RAD001)を試そうとする方があれば、よほど余裕がなくて勝負ということでなければ、5mg/日を最大とするほうが無難に思える(そして余裕がなくて勝負というならばSUTENTのほうが良さそうに思えるがどうだろうか)。

しかし、一年間継続していると、やはり
・ 肝機能が徐徐に低下(下表参照)
・ 高血糖(血糖174mg/dl、HbA1c 7.0%)
・ 生活には支障がない程度の倦怠感
と副作用の蓄積が認められていた。
なお、下表で春に検査がないのはK立がんセンターのほうで経過観察してもらっている主治医が海外出張のため不在だったことによる(その間、他の医師ということも可能であったが、経過観察のためだけに、別の医師にこれまでの経緯を説明するのも手間ということで間を空けてもらった。つきあいが長いとこの辺は柔軟に対応していただける。)
Photo

誤解がないようにのべておくと、これらの値自体は、ただちに治療継続に支障というものではないものの、上昇傾向にあるし、現状維持ならば過去使用した薬でも得られるかもしれないということで、いったんeverolimus(RAD001)を休もうかというわけである。

とはいうものの、everolimus(RAD001)の効果が残っていなければ、過去使用した薬ベースの治療がうまくいかないときにあわてることになってしまう。
(腫瘍増悪により肝機能低下、それによる倦怠感というシナリオもありえる。)

このため、前々回(10月)の外来では、CTを撮ってその結果を確認してからということになった。

そうしたら・・・
-----------------------
・ 前回09.07.07と比較して、多発肝転移はやや増大しています(S7の腫瘤は17mmから26mmに増大)。胆管浸潤による肝内胆管拡張、門脈腫瘍栓、膵腫瘍、脾浸潤、左副腎転移は、おおむね変化ありません。

・ 左肺S1+2、S6境界付近のすりガラス陰影や胃壁濃染、胆石、腎嚢胞なども変わりなく、明らかなnew lesionを認めません。

Impression:膵内分泌癌、肝転移、左副腎転移;肝転移はやや増大か?
左肺すりガラス影、胆石、腎嚢胞;前回と変化なし
-----------------------
ということで、これまでの話はご破算。

***************************************
CTの結果を受けて、主治医にとりあえず電話したところ、次の3案が提案された。
1.SUTENTに変更。
2.他の薬を追加。現在ザノザールは供給停止のため、候補はテモダール。
3.増量

外来(11月のはじめ)まで検討しておくこととなった。

直感的には、2のテモダール追加と思えたが、安易につきすぎているように思えて、状況や自分の考えを再整理してみた。

まず、憎悪しているとすれば、主治医の提案は、これに対して、薬を「変更」「追加」「増量」しようとするものであり、極めてまっとうなもである。

読影結果を読む限りでは、憎悪と判断して対応することもおかしくない。唯一、気にかかるのは「肝転移はやや増大か?」となぜか疑問形になっていることである。
これについては、考え込んでも仕方がないので、読影医とは異なるので推測にはなるものの、同じ医師として主治医の話を聞いてみることにする。
(主治医の感覚としては、17mmから26mmということは、見ようによっては約2cmの中ともみなせるので疑問形にしたのではということだった。)

薬を変更するとすれば、SUTENT以外のものはエビデンスを見る範囲ではかなり成績が劣るのでこれが第一候補であることには、同感。
SUTENTは、効果という点では、現時点ではベストということは間違いない。私もこれを試さないで死ぬのはもったいないと思っている。
他方、SUTENTはいろいろな副作用が出る可能性が強く、いわば「やんちゃ」な薬である。
普通ならば、効果が出る可能性が高い抗がん剤(の組み合わせ)から試みるのが一般的ではあるが、この「やんちゃさ」の前に、積極派の主治医ですら、できる限りギリギリまで投与を遅らそうとしているように見えるほどである。
多分、まだ余裕はありそうなので他の選択肢がひどくなければ、その後かな。

追加であるが、ザノザールが供給停止の現在、追加する候補として、テモダールは有力である。すでに欧米ではザノザールと並ぶ第一選択薬となりつつあるし、過去に単剤とテモダール+アバスチンとしてしか使っていないし、まだ効果が出る可能性はあり得る。
ただし、テモダール+everolimus(RAD001)というのはエビデンスはなく、思わぬ重い副作用が出る可能性はあり得るし、効果も出るかは不明である。
また、副作用が強くなりつつあるeverolimus(RAD001)に追加するというところも気にかかる。
なお、これまでの経緯からジェムザールの追加という選択肢もありそうにも思えるが、テモダールよりも劣りそうな感じである。

増量であるが、副作用は間違いなく強くなる可能性が高い。効果について、単なる増量でどこまで期待できるのか、証拠はまったくないが「直感的」には引っかかる。

とすれば、増量が優先度低であり、SUTENTかテモダール追加かというところであり、後は具体的な薬量との関係も含め、主治医の経験と勘を聞きつつ考えるしかない。

ここまで、状況を整理し考えを煮詰めた後は、「悩む」しかない。
といっても、一日中、ウンウンと悩むわけではない。
しっかりと、整理し煮詰めた考えを「無意識下」で悩んでもらう。
そして、一日に一回か二回程度、意識的に再検討してみる。
たいていは、無意識下の検討で迷いはより減っているし、追加で無意識下にインプットしておくものが見つかったりする。

今回は悩んでも、結果は変わらなかったが、迷いは減った。

以上の考えをもとに、外来で主治医と相談。

やはり主治医も現時点でSUTENTに変える必要まではなく、また、増量も確実に副作用が強くなり、特に倦怠感が強くなりQOL(生活の質)に影響が出るおそれの強さを心配。
他方、テモダールについては、過去のテモダール投与時の副作用の出方から、特別に心配するまではなかろうとの判断。

最後は「結局、安易なところになりますね」と言ったら、主治医も「僕だって慎重なんだよ。問題がなければ安易なほうが良い。」ということで決定。

具体的には、これまでのeverolimus(RAD001)2mg/日+サンドスタチンLAR30mg/月に加えて、テモダールを通常量(100mg/日をday1~5、day6~28は休み)を追加することになる。

なお、開始は今月中旬に食道静脈瘤の治療が予定されているため、これが終わった後にすることとした。

2009年11月 2日 (月)

トロッコ

国語の教科書で使われていた(使われている?)芥川龍之介の短編である。

あらすじは、「少年は線路の敷設工事をしている工夫たちがひくトロッコを操縦してみたいと思いました。工夫たちに手伝わせてくれないかと頼みます。工夫たちは笑って許してくれました。少年は楽しくて仕方がありませんでした。夢中になってトロッコを動かしました。いつのまにか遠くまで来てしまいました。工夫たちから、突然、もう帰んなと言われます。少年は急に不安になりました。宵がはじまります。夜になります。少年は泣きながら一人で走って帰りました。家に着くなり大泣きしてしまいました」。そして一行空けた後「良平は(略)今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。(略)塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………」というものである。
(参考:http://www5b.biglobe.ne.jp/~michimar/book/akutagawa_20.html
もっとも、短編であるので全文を最後に載せておくので読んでほしい。

ただし、これは青空文庫からのコピペであるが、ふりがなは略したので、青空文庫で無料で読むほうがわかりやすいと思う。
青空文庫「トロッコ」http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43016_16836.html

ところで、中学の国語の時間、この「トロッコ」の授業で、最初に「この話を二つに分けるとすれば、どこでわけるか?」と質問され、「工夫たちから、突然、もう帰んな」と言われるところと、誤って(?)答えたという記憶がある。

もちろん、正解は、過去と現在をわける「一行空けた」ところなのであるが。

今から思い返すと、やはり「突然、もう帰んな」というところで分けるほうが、より深い意味で正解のように思われる。

子どもは親や社会に見守られながら遊び、一人前になると独立しておのれの力で生きていくということは、動物(人間を含む)のほとんどに見られるものである。

人間ならば、開発途上国などで「半大人」として、日本人から見れば、過酷な仕事(手伝い)を分担させられているところもあるし、仕事は免ぜられていても「勉強」にかりたてられる国もあるが、大人と子供の対比としてみるならば、これは普遍といえるように思われる。

芥川の「トロッコ」では、子どもの世界で遊び、守られていた良平が、「突然、もう帰んな」の一言で、他人に守られることもなく、「去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍」に一人で立ち向かうということに投げ出されてしまったのである。

そして「薄暗い藪や坂のある路」を走り戻り、やっと家(子どもの生活)に駆け戻る。

時間が経過して、大人となっておくる「塵労に疲れた」生活、それも、「突然、もう帰んな」と投げ出されて帰った細細とした薄暗い坂のある一すじの路と同じなのである。

たしかに、形式的には、子ども時代と大人、伊豆と東京の違いはあるが、「突然、もう帰んな」までが、遊び見守られる「子ども」であり、その後は、自分ひとりで細細とした薄暗い坂のある一すじの路をたどらざるをえない「大人」なのである。
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しかしながら、社会全体が豊かになるにつれて、平均的な生活リスクが低減してきたし、福祉の名のもとに、大人に対しても一定水準の社会保護が与えられるようになってきた。

さらに、親がいくらかの資産を持っていれば、その子どもはそれによる保護すら期待できるようにもなっている。

この結果、大人になっても、子どもと同じく、社会が見守り、自分を保護してくれるもの(あるいは、保護されるのが当然である)という風潮が広がりつつあるように思える。

もちろん、社会的公正のために、保護を与えられて当然の方はいらっしゃるが、身体・精神能力など普通の方にも、このような方々が増えつつあるように感じる。

社会の子ども化・幼児化というのだろうか、国民には遊ぶ自由と守られる権利があるとでもいうかのように。

古代ローマの「パンとサーカス」に打ち興じ、周辺から迫る危機やローマ社会自体の腐敗を見ようともしなかったローマ市民という愚民。
行く末は、ローマ帝国の崩壊だった。

日本が崩壊しようと、全体国家になろうと、中国ないし米国の属国となろうと、多分、そのころまでは生きてはいないだろうが・・・
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手術で完治が見込める早期がんならば別として、ほとんどの進行がんでの治療は、患者からみても、多分、医療関係者から見ても、十分なものとは言い難い。もちろん、十年前と比べると、一定の進歩はあるものの、とてもではないが、十分などという水準には、かなりの差がある。

例えていえば、良平が楽しんだ行きの蜜柑畑を駆け下る快適な楽しい道ではなく、帰りの泣きながら走った道であり、大人の良平がたどっている細細とした薄暗い坂のある一すじの路、それも、いつ行き止まりになってしまう道である。

そして、それでも、最初の頃は、標準的治療という一つの道しるべがたってはいるが、まもなく、それもなくなってしまう。

新薬により多少は道は良くなったが舗装道路というよりも田舎の山道てしかない。
ネットにより治験結果などが調べやすくなり、その意味では、地図が整備されつつあるが、まだまだ、まばらな点情報にすぎない。

また、標準的治療という道しるべがなくなった以降の治療は、右に曲がるのか、左に曲がるべきかのはっきりとした根拠はないことも多い。ひょっとすると右に曲がったとたんに断崖から落ちてしまうかもしれない。場合によっては、そこから動かずになりゆきにまかせるのがベストであることすら多いだろう。(標準的治療も断崖につながる可能性はあるが、平均すれば、現時点の信頼性の高いデーターからは、これが一番遠くまで行ける。)

にもかかわらず、蜜柑畑を下る快適な道でなければ納得しないし、かつ、そのような道を連れて行ってもらうのが当然という患者もいるらしい(ネットなどを見ると)。

なんとなく、(遊びで)楽しみ、かつ、周囲の社会はこれを見守ってくれるのが当然という「子ども」から抜け出していないようである。
そして、ある日、「突然、もう帰んな」の一言にあって狼狽してしまう。

よく考えて欲しい。
相手が子どもだと思っていれば、たとえそれがより遠くまで延びる道であるとしても、リスクがある道に連れて行くだろうか。

もちろん、患者は医師に比べれば素人に過ぎない。
しかし、自分に可能な範囲で勉強し、医師からの情報を理解しようと努め、医師の助言のもとかもしれないが、精一杯自己決断する。
そのような大人でなければ「細細とした薄暗い坂のある一すじの路」を歩こうとすることすら許されないかもしれない。

しかし、大人になっても「子どものままであり続ける人」さらには「子どもであり続けることが権利であると思う人」が増えつつあるように思える。

がん患者ならば、せいぜいその本人の余命の長さにしか影響しないが、これが、社会全体に広がれば、この社会はどうなってしまうのだろうか・・・

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トロッコ

芥川龍之介


 小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
 トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇んでいる。トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。煽るように車台が動いたり、土工の袢天の裾がひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思う事がある。せめては一度でも土工と一しょに、トロッコへ乗りたいと思う事もある。トロッコは村外れの平地へ来ると、自然と其処に止まってしまう。と同時に土工たちは、身軽にトロッコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。それから今度はトロッコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。
 或夕方、――それは二月の初旬だった。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。トロッコは泥だらけになったまま、薄明るい中に並んでいる。が、その外は何処を見ても、土工たちの姿は見えなかった。三人の子供は恐る恐る、一番端にあるトロッコを押した。トロッコは三人の力が揃うと、突然ごろりと車輪をまわした。良平はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかった。ごろり、ごろり、――トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登って行った。
 その内にかれこれ十間程来ると、線路の勾配が急になり出した。トロッコも三人の力では、いくら押しても動かなくなった。どうかすれば車と一しょに、押し戻されそうにもなる事がある。良平はもう好いと思ったから、年下の二人に合図をした。
「さあ、乗ろう!」
 彼等は一度に手をはなすと、トロッコの上へ飛び乗った。トロッコは最初徐ろに、それから見る見る勢よく、一息に線路を下り出した。その途端につき当りの風景は、忽ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。顔に当る薄暮の風、足の下に躍るトロッコの動揺、――良平は殆ど有頂天になった。
 しかしトロッコは二三分の後、もうもとの終点に止まっていた。
「さあ、もう一度押すじゃあ」
 良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が、まだ車輪も動かない内に、突然彼等の後には、誰かの足音が聞え出した。のみならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。
「この野郎! 誰に断ってトロに触った?」
 其処には古い印袢天に、季節外れの麦藁帽をかぶった、背の高い土工が佇んでいる。――そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。――それぎり良平は使の帰りに、人気のない工事場のトロッコを見ても、二度と乗って見ようと思った事はない。唯その時の土工の姿は、今でも良平の頭の何処かに、はっきりした記憶を残している。薄明りの中に仄(ほの)めいた、小さい黄色の麦藁帽、――しかしその記憶さえも、年毎(としごと)に色彩は薄れるらしい。
 その後十日余りたってから、良平は又たった一人、午過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。すると土を積んだトロッコの外に、枕木を積んだトロッコが一輛、これは本線になる筈の、太い線路を登って来た。このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。良平は彼等を見た時から、何だか親しみ易いような気がした。「この人たちならば叱られない」――彼はそう思いながら、トロッコの側へ駈けて行った。
「おじさん。押してやろうか?」
 その中の一人、――縞のシャツを着ている男は、俯向きにトロッコを押したまま、思った通り快い返事をした。
「おお、押してくよう」
 良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。
「われは中中力があるな」
 他の一人、――耳に巻煙草を挟んだ男も、こう良平を褒めてくれた。
 その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくとも好い」――良平は今にも云われるかと内心気がかりでならなかった。が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。良平はとうとうこらえ切れずに、怯ず怯ずこんな事を尋ねて見た。
「何時までも押していて好い?」
「好いとも」
 二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。
 五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。其処には両側の蜜柑畑に、黄色い実がいくつも日を受けている。
「登り路の方が好い、何時までも押させてくれるから」――良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。
 蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路は下りになった。縞のシャツを着ている男は、良平に「やい、乗れ」と云った。良平は直に飛び乗った。トロッコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑のを煽りながら、ひた辷りに線路を走り出した。「押すよりも乗る方がずっと好い」――良平は羽織に風を孕ませながら、当り前の事を考えた。「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」――そうもまた考えたりした。
 竹藪のある所へ来ると、トロッコは静かに走るのを止めた。三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になった。爪先上りの所所には、赤錆の線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。
 三人は又トロッコへ乗った。車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走って行った。しかし良平はさっきのように、面白い気もちにはなれなかった。「もう帰ってくれれば好い」――彼はそうも念じて見た。が、行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論彼にもわかり切っていた。
 その次に車の止まったのは、切崩した山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。二人の土工はその店へはいると、乳呑児をおぶった上さんを相手に、悠悠と茶などを飲み始めた。良平は独りいらいらしながら、トロッコのまわりをまわって見た。トロッコには頑丈な車台の板に、跳ねかえった泥が乾いていた。
 少時の後茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挟んだ男は、(その時はもう挟んでいなかったが)トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有う」と云った。が、直に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つを口へ入れた。菓子には新聞紙にあったらしい、石油のがしみついていた。
 三人はトロッコを押しながら緩い傾斜を登って行った。良平は車に手をかけていても、心は外の事を考えていた。
 その坂を向うへ下り切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはいった後、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。「もう日が暮れる」――彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪を蹴って見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、――そんな事に気もちを紛らせていた。
 ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木に手をかけながら、無造作に彼にこう云った。
「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」
 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。
 良平は少時無我夢中に線路の側を走り続けた。その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔が歪んで来る。――それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。

 竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山の空も、もう火照りが消えかかっていた。良平は、愈気が気でなかった。往きと返りと変るせいか、景色の違うのも不安だった。すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側へ脱いで捨てた。
 蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば――」良平はそう思いながら、辷ってもつまずいても走って行った。
 やっと遠い夕闇の中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。
 彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気の立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水を汲んでいる女衆や、畑から帰って来る男衆は、良平が喘ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。
 彼の家の門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲へ、一時に父や母を集まらせた。殊に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。が、良平は手足をもがきながら、啜り上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣を尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、…………

 良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………


青空文庫より(ただし、ふりがなは略)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43016_16836.html

2009年10月26日 (月)

世界史と日本史

歴史というと大学入試の悪影響で「暗記」という印象が定着してしまっている。
つまり、「歴史年表」が歴史と勘違いされてしまっているのではなかろうか。

私自身の意見では、年号暗記などどのような意味があるのだろうか。ほとんどの歴史的出来事が一年や二年、早まっていても遅くとも、その後の世界に大きな違いをもたらすとは思えない。
それよりも、その出来事が、なぜ(それまで歴史、周辺地域の状況)おこったのか、そして、どのような歴史への影響(その地域にかかわらず周辺地域も含めて)があり、別の歴史的出来事の誘因の一つとなったのか。
このような歴史のダイナミズムや国・地域を越えてのつながりということの理解が大事なのではなかろうか。

このような観点からいえば、世界史と日本史というものは一体としてとりあげられるべきだと考える。
日本は世界の歴史の中では、一番辺境に位置しており、日本で生じた出来事が世界の歴史に影響を与えたことは、明治以前には、ほとんど無かったので、世界史の中で日本を無視することはありえても、日本史を考える上で、世界史(少なくとも東アジア史)的視野を欠いてはならないはずである。

例えば、飛鳥から奈良時代の日本史ならば、当時の朝鮮半島やその背後にある中国を念頭に入れて見なければ、本当の理解はできないであろう。
もっとも、このような古代史については、十分な史料がなく、日本はもとより朝鮮半島に関しても、あいまいであるということも事実である。このため、日本国(大和政権)内だけでなく、国際的な背景も、といっても限度があるかもしれない。しかし、逆に考えれば、史料が少ないのであるから、日本書紀のような後世に、かなりの恣意がこめられつつ編纂された史料のみでなく、朝鮮半島・中国の史料も踏まえなければ、偏りのある歴史となってしまうだろう。

少し別の切り口をあげてみよう。
海外と日本ということを考えると、外国から、直接侵略を受けた数少ない出来ごとの一つが「元寇」である。
また、外国からの技術導入により日本の歴史に大きな影響を与えたものの一つが「鉄砲伝来」である。
この二つにつながりがあると言ったらどう思うだろうか。

「元寇」はモンゴル帝国の拡張運動の東の端での出来事である。
ところで、この拡張運動による進出は、東側だけではなく、ロシアなど東欧諸国、イスラムなどの西アジアまで広がっている。
そして、鉄砲の基本たる「火薬」は、このときに、イスラム経由でヨーロッパに伝わったものである。
つまり、両者ともに、モンゴル帝国の拡張運動に伴うものというつながりがあるわけである。

蛇足になるが、鉄砲伝来の頃のヨーロッパ諸国の海外進出には、キリスト教の布教という精神的な理由づけがあった。
このキリスト教の布教運動は、宗教改革に対するカトリック側の対抗であり、ルターの宗教改革を広げる技術背景であった印刷技術は、そもそも宋代の中国からヨーロッパにもたらされた木版印刷が基底にあるといわれている。

江戸時代の鎖国政策についても、それ以前に、イギリス・オランダなどが日本と交易を開始しており、航海技術的にはヨーロッパがこれに干渉することは可能だったのにもかかわらず、400年間の長期間にわたり維持することができた。
そして、江戸末期になって、急速に欧米からの干渉が強まり、これを引き金の一つとして明治維新が起こった。
このようなことについては、鎖国を許したヨーロッパの状況や、これに干渉するにいたった欧米の状況を理解しておかなければ、井の中の蛙になってしまうだろう。

残念ながら、歴史が歴史年表におきかえられ、世界史と日本史が区別される日本では、グローバルが当然のようにみなされながら、井の中の蛙か、井の中のことをしらない蛙しかいないように思う。

このような日本では、クォリティペーパーを「自称」する全国・大部数の新聞ですら、北朝鮮問題というと拉致問題とせいぜい日本の国防問題としての核実験程度としてしか報道がなされず、北朝鮮からの武器や軍事技術輸出を通じての、ここも核開発を進めているイランなど中東問題への影響、そして、それが石油エネルギー供給として世界のエネルギー問題につながっているというグローバルな視野はみられない。(そして、核問題については、現在の核不拡散体制は核兵器所有国(先進国)にあまりに有利であり権利を害されているとの開発途上国の潜在的な思いがあるだけに複雑)
このような視野なしに、米国(という実質的な主役)の動向など、極めて国際的な問題である北朝鮮問題を報道しても「井の中」の報道にしかならないはずである。
もっとも、日本にはクォリティペーパーを自称する新聞はあっても、その実態は大衆紙であるし、これが、現在の日本人のクォリティにちょうどあっているのだから仕方がないか・・・
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ところで、日本のがん治療報道も、グローバルな視点がまったくない「井の中の蛙」報道である。というよりも、単なる初期の研究(これまで、このような研究が実を結ぶのは百に一つもなかった)など、はっきりといってドウデモイイばかりであり、蛙の価値もないので「井の中のミジンコ」報道というほうが正解かもしれない。

これは、新聞記者と称する方々が、少なくとも、がん治療については「井の中のミジンコ」程度の知識しか持っていないことの反映であろう。

少なくとも、日本のがん治療は、外科手術の技量を除けば、ほとんどの田舎レベルである。
このため、国内の学会のレベルは低く、世界的な発表は海外の学会でしかなされない。この代表がASCO(米国臨床腫瘍医学会)であり、乳がんならばSABCS(サンアントニオ乳がんシンポジウム)である。
日本国内での発表をいくら拾っても、田舎レベル以上のものがあるはずもない。

もしも、本当に一流紙であり、がん治療についての報道を行うならば、「今年のASCO」から」とか「サンアントニオ乳がんシンポジウムに見る乳がんの最新治療」などという記事が載らないのだろうか。
(ちなみに、内容は学会に参加した医師に書いてもらえば良いのだから、志しさえあれば、ミジンコ記者であっても問題ない。)

グローバルな視点を持たないから、日本のがん治療の田舎レベルの「悲惨」な実態がわからない。
私がこれをいっても、信頼性がないだろうから、日本の乳がん治療の大先生のブログを引用してみる。
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「罹患率、死亡率ともに「欧米型」の疾患と言われる乳癌は、日本での臨床試験はいつも海外の後追いである。米国ではASCO(米国臨床腫瘍学会)とSABCS(サンアントニオ乳がんシンポジウム)の二つの学会で世界の最新情報が報告される。最新情報とは多施設共同ランダム化比較試験の結果である。最近の特徴は、「日本以外の諸国が参加するグローバル試験」結果が続々と報告されることである。なぜ、日本以外なのか? その理由の一端はがんじがらめの規制にある。たとえば、今年のASCOのプレナリーセッションで発表された「PARP1阻害剤」の試験は、抗がん剤治療群 vs. 抗がん剤+PARP1阻害剤」のランダム化比較試験である。この試験では、抗がん剤治療群が、対照群であり、「PARP1阻害剤」を上乗せすることで、効果持続期間や生存期間がどれぐらい延長するのかというのが、この試験での検討課題であった。結果は会場からどよめきが起きるほど見事なものであった。次の段階では、さらに症例数を増やし、観察期間を延長し、「PARP1阻害剤」の真の実力を評価する第III相試験に進む。当然、global trialとなるだろう。日本からも参加すれば得られた結果は、速やかに日本の乳癌患者の治療に利用できることになる。しかしそうはいかない。試験に使用された抗がん剤は、カルボプラチンとゲムシタビンであり、いずれも、我が国では乳がん治療薬として承認されていない。承認されていない薬剤は対照薬として使えないことになっているので、この2剤が承認されないかぎり参加できないのだ。今回も日本からの参加不可能ということになれば日本は3周遅れ、ということになる。以前、このような積み残しをまとめて承認しよう、ということで、「抗がん剤併用療法検討委員会」(黒川清委員長)というのが開かれ、何品目かを手続きを簡略化して承認したことがあった。しかし、あれから3-4年が経過し状況は、全く改善しておらず、周回遅れ、積み残しの山だ。
では、日本からの情報発信はどうなっているのか? NSASBC01試験では日本発のエビデンスを構築することはできた。これは、世界の標準薬CMF vs. 日本の汎用薬UFTのランダム化比較試験である。患者団体の激しい妨害により、試験の進捗は大幅におくれ、結果が得られた時には、既にCMFは世界の標準薬の座を失っていた。ホンダがF1から撤退したように、日本の腫瘍医療は、臨床試験から撤退せざるを得ないかも知れない。臨床試験ただ乗り論でglobalからのバッシングを受けることにもなりかねない。」
(
オンコロジストの独り言 http://watanabe-oncology.spaces.live.com/ 2009628日記事)
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個人的には「臨床試験ただ乗り」してくれれば問題ない。

ところが、二周遅れの治験をしなければ、健康保険承認がされない。

このような現状すら知らないで、混合診療の可否を報道するマスコミ。
やはり、「井の中のミジンコ」である。

2009年10月19日 (月)

情理

八ツ場ダムや羽田空港国際化(成田空港)という最近の地方自治体と民主党政権の軋轢をみていると、「情理を尽くす」という言葉を思い出した。

私が思うに、日本人は交渉事において、「結論」(の論理的妥当性)よりも「過程」(プロセス)のほうに重点を置く傾向がある。
その一つの表れが、「情理をつくす」という表現である。

「情理をつくして」説得されたのだから仕方がない、とか、「情理がつくされていない」などと使われる。

おもしろいのは「情理」という言葉が「情」と「理」という相異なる二つの要素を満たすことを要求している点である。

今までのところ、民主党政権は地方自治体に対して「情理」をつくしているようには、少なくともそとめからは見えない。

単に「マニフェスト」で約束したからということだけであり、この場合、マニフェストが国会議員選挙という政党からの一方的約束であり、直接利害を被る地方自治体や住民との関係においては無意味なはずであるに、それを持ち出されて、十分な説明もなく断行しようというのは「情理をつくしている」とは思えない。

少なくとも「情」の面で不十分であるのは確実として、「理」の面でも説明がつくされているのだろうか。

八ツ場ダムでは無駄遣いと抽象的な言葉を聞くのみで、ダム建設続行(追加投資とある程度の治水・利水効果)に比して、ダム建設中止(後始末のための投資)のほうが無駄使いは少ないのか、私は聞いたことはない。
もちろん、このような評価は、計算で使われている仮定を少し変更すれば、いくらでも変更できるものではあるが・・・
個人的に気になっているのは、本当に温暖化が進行すれば、日本でも豪雨型の気象は増えるのではないか。そして、それが問題となってから、対策をとろうとしても、それには長時間がかかり手遅れとなる事態である。

成田・羽田空港のほうは、もっとわけのわからない展開である。
どうして、「羽田・成田の一体的な運用」という意味不明な説明で、森田千葉県知事は納得できたのか。一体的といっても、「成田を主体として、夜間や成田では能力が不足する部分だけを羽田で運用」ということから「羽田を主体として、羽田では能力が不足する「お余り」を成田で運用」まで、ものすごく幅があるのに、なぜ、納得できたのか。

これについても、本当に日本に国際ハブ空港が必要なのか。そのために、どれくらいの費用を投じるのか。さらには、競争相手が外国にいるのだから、それだけの費用を投じたとして、ハブ空港化する可能性はどれくらいなのか。
そもそも、衰えつつあるとはいえ、日本の経済力からは、韓国なり中国にハブ空港が出来ようと、日本への直行便が減るとは考えにくい。つまり、日本人だけに限れば、ハブ空港になろうと、なるまいそれほど変化はないのではないか。
つまり、欧米から日本以外のアジアへ向かう人が、日本経由なのか、他のアジアの国経由なのかにより、どの程度の損得があるのか。

このように思うと、民主党政権は「情」も「理」もつくしているとは残念ながら言い難い。

もっとも、あまりに民主党のことを悪く評価していると誤解されるといけないので(あまり良く評価していないのは確かではあるが)、一言、書いておけば、「情理をつくす」には時間がかかってしまう。
旧自民党体質の社会を変革し、自民党にダメージを与えるためには、スピードが重視される。このためには、情理をつくす暇がないのかもしれない。

もっとも、悪くいえば、民主党は「情理」をつくそうとすると、これまでの検討の浅さや概念だけの議論(机上の空論)のボロが出ることをおそれているだけかもしれないし、他方、地方自治体の「情理」の理は実は「利」であり、単に、補償金名目で金を落とせということをいっているだけなのかもしれないが。
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ところで、患者も医師に対して、「治療内容」(の妥当性)よりも「過程」(プロセス)のほうに重点を置く傾向がある。

多少、医学的にみれば治療内容に難があるものであっても、家族の方が「親身になっていただいた」と感謝の気持ちをあらわす。
逆に、医学的にみれば治療内容に問題はなくとも、「ぞんざいに扱われた」と不満をのべる。

もちろん、医師側には医師側の「情理」がある。このうちの「理」は、医「学」的な正しさである。「情」は、患者側からは感じ取られにくいが、患者を治したい・治せないとしても少しでも良くしたいというピッポクラスス以来の医師の心である。

中には、お金儲けが第一のトンデモ医師がいないというわけではないが、多くの医師には、強弱はあるかもしれないが、この「情」はほとんどの医師が持たれているように思う。
そうでなければ、責任の重さ・勤務の厳しさに照らして、割の合わない勤務医などはやっていられないだろう。例えば、勤務医などは辞めて、法律で定められている職場の定期健康診断などのバイトだけ、という気楽・かつ、ジジイ医者にもつとまる仕事に転職するほうがどれだけ増しだろうか。

しかし、実医療において、医師からみたにしろ、患者からみたにしろ、「情理」をつくすことは困難である。

まず、患者側からみた「情理」のうち、「情」については、医師はこの意味の「情」につくすと、情に流されることとなりがちであり、結果として、患者のマイナスとなってしまう可能性が強い。
このため、専門職として、この意味の「情」にはかかわらない態度が暗黙のうちに備わってしまっている。
また、「理」については、そもそも患者側に「理」を理解できるだけの努力をしていない方が多い。理解できる能力がないのに「理」がつくされているかどうか、納得できるとは思えない。
蛇足ながら言えば、家族の多くは、患者に対する「情」は満ちあふれているのに、患者のための「理」(知識)を学ぼうとする方は少ないように思う。「理」がなくして「情」だけに基づく「好意」はトンデモ治療など、患者にとってのマイナスに結びつくこともあるかもしれない。

医師から見た「情理」のうち「情」については、志は残っていても、激務の中でどれだけ実医療で行うことができるだろうか。どうしても「理」(教科書的内容・標準医療・平均的な可も不可もない治療)に傾いてしまうのは仕方がないように思う。

いずれにしても、「情理」をつくすには時間がかかる。そして、現在の健康保険制度のもと、医師にそれだけの時間は与えられていない。
これは、それだけの健康保険料と税金(のうち医療に充てられる額)しか国民が払ってこなかったことが第一原因である。

といっても、現在の健康保険制度では、そのために個人が追加負担をすることは禁じられている。
であれば、患者側でなしえることは、「情」(患者側の価値観、受けたい治療についての希望)をきちんと整理し、「理」(きちんとした知識)について少しでも増やすべく努力をするという、患者側にとってできる限りの「情理」をつくす。

そうすれば、医師だって人間である。これに応えて、可能な範囲で、情理をつくそうとしてくれる可能性が高まると思うが、患者側からの一方的な希望だろうか。

2009年10月12日 (月)

妻の遺作展

このブログは「日々の生活日記・闘病記ではありません。このようなものならば、いくらでもより適当なブログがあふれています。」という基本姿勢のもとに書いていますので、個人の生活などに関することは、基本的に記事にしてきませんでした。
このため、妻の病気(小腸がん)についても触れてきませんでした。
(
ちなみに、膵内分泌細胞がんが数十万人に一人、小腸がんが一万人に一人といわれていますので、夫婦が同時にこのような組み合わせになることは、天文学的確率になるかもしれません)

しかし、「個展を開いて、『一人でも多くの人に』作品を見てもらいたい」という、かなえられなかった妻の夢を思うと、基本姿勢を曲げてでも、記事としてアップすることといたしました。


なお、遺作展終了まで、常に最新記事になるようにいたしますので、RSSをご利用の方は、何回か同じ記事の通知がなされることになります。ご容赦ください。

会期中は、常時ギャラリーに詰めている予定ですので、絵に関心がなくとも、このブログ主がどのような顔つきか見てみようということでも結構ですので、ご都合がつきましたら、ご来廊いただければ幸いです。
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妻 添嶋奈美子(ハンドルネーム:soel)は、10万人に一人といわれる、小腸がんにより3年あまりの治療生活を経て、本年1月に逝去いたしました。

小腸がんという病が発覚しましたのは、「ギャラリィファンタジア」[http://blogs.yahoo.co.jp/soel917]というブログを立ち上げたばかりの頃でした。

その後、3年あまりにわたり、このブログを通じてイラストなどの数々の作品発表を続けるとともに、多くのブログ仲間の方々と心温かな交流を続け、皆さんに支えられながら治療生活を送ったのは、ブログをご覧いただければおわかりいただけるでしょう。

その間にsoelが出逢った大勢の方のその御好意には、soelも感謝の気持ちで一杯だったでしょう。

ブログで発表してきた作品には、soelのアートへの熱意と、「生き物への温かな心」が満ちあふれています。

今回の遺作展は、ブログで交流いただいた皆様の後押しをいただきながら、soelの念願=夢であった個展を「遺作展」という形で実現し、soelの想い、すなわち、soelの世界を少しでも多くの方々に感じていただきたく考えるものです。

「遺作展」は「添奈美子遺作展 -soelの世界-」と題して、

10月9日(金)~14日(水)11:00~17:00(最終日は15:00)

東京 ギャラリー日比谷 [http://www.g-hibiya.com/]

にて開催いたします。

会場の1,2階では、

soelの想い ~ Fantasia & Happiness ~』と題し、soelの作品の中心であるファンタジア・シリーズ37点を展示いたします。

多くの時間をかけ、ひと筆ひと筆アクリル絵の具で大切に描かれたシリーズ作品です。

soelが作品に込めた想いを原画からじかに感じていただければ幸いです。

会場の3階では、

soel & グループ展 ~ soelを偲んで ~』と題して、soelのファンタジア・シリーズ以外の作品とともに、ブログ仲間の皆様からお寄せいただいた作品などを展示し、ブログ仲間の皆様とともに、soelを偲ぶ場とできればと思っています。

soelが創り上げた“ブログに咲いた小さな珠玉”。

インターネットから飛び立ったその作品を皆様に生で観ていただき、その幸せな世界を感じるひとときを楽しんでいただければ幸いに思います。

皆様のご来廊を心よりお待ちしております。

2009.9

粘る稀ながん患者/soelの夫

妻の作品につきましては、
「ギャラリィファンタジア」[http://blogs.yahoo.co.jp/soel917]
でご覧いただけます。

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重ねて、皆様のご来廊をお待ちしております。

また、皆様の周囲に関心を持たれそうな方がいらっしゃいましたら、本遺作展についてお知らせいただけるようにお願いいたします。

2009年10月 5日 (月)

「友愛」への懸念

鳩山総理大臣の好まれる「友愛」であるが、私はこの言葉を耳にするたびにかなりの違和感を感じてしまう。

「甘っちょろい」「おぼっちゃん」言葉への感情的な反感があることは事実である。これだけならば、単なる好みの問題でしかない。

しかし、その国の為政者(本当は、党首は単なる幹事長の操り人形(ないし幹事長から委任されたことのみ自由)という話もあるようだが)が、為政の理念として発する現在の場合には、次のような懸念が出てしまう。

1.現実社会(世界)では、単なる「友愛」は「損」という事実
2.一歩間違えば、「友愛」が「集団主義・独裁」に変質する可能性
3.にもかかわらず、これらのリスクを隠す甘い響き

「友愛」自体が立派な理念の一つであることを認めることにやぶさかではない。
ただし、残念ながら現実の世界は麗しい理念のみで生きていけるものではない。
一番わかりやすい例は国際政治である。これは美しい言葉を使いながら、いかにして自国の利益を確保するかというパワーゲームである。
例えば、日本の核保有のお隣の国(得意技:捨て身の瀬戸際外交)に「友愛」を訴えるだけではラチが開くとは思えない。
「友愛」を単なる「タテマエ」とするのならば別として、友愛を示せば友愛が返ってくるという「おぼっちゃん」的発想ならば、右の頬を打たれて左の頬を出したら今度はバットで殴り倒されるのが落ちである。
もちろん、現実に根ざした、十分にあり得るいくつかの選択肢の中から選択する際に友愛の理念を重んじるとか、友愛に根差したアイデアをもとにしつつ、あくまでも現実に適用可能な政策にこなせれば初めて実行するという範囲であれば「理念」に基づく政治として評価はできるが。
なお、念のために言っておけば「損」を承知で鳩山個人が「友愛」に基づく私生活を行うというならば、「立派な」おぼっちゃんとして、ある意味で高く評価する。しかし、この場合「損」をするのは鳩山個人の範疇である。一国のヘッドとしてならば、「損」をするのは、鳩山個人ではなく国民であることを忘れてはならない。

それよりも、「友愛」という理念について心配なのは、これを自分自身に課すものとする限りにおいては、現実生活での「損」をいとわなければ、一つのあるべき姿なのかもしれないし、少なくとも他人が批判すべきものではありえない。
しかしながら、「友愛」には「友愛」が返ってくる、さらに進んで、「友愛」には「友愛」で応えるべきである、そして、「友愛」精神を持つべきであると、他人に「友愛」を強いるならば極めて危険である。
というのは、「友愛」の名のもとに、「社会」に対して「個人」が犠牲を払うことが倫理上の必然となり、個人軽視の集団主義に陥る可能性が高いからである。また、一部のマイナスの上に他方の利益をもたらそうとすること(これは、立法・行政の一つの本質)を、その当否をきちんと議論することなく、「友愛」という言葉だけで反対を封じていくならば、ある意味で「独裁」となろう。
例えば、子どもに対する支出を増加させ、そのかわり、扶養控除の廃止という形での増税や公共投資の減少を行うことの正当化を「友愛」という言葉のみですませて、これに反対するものは「友愛」の理念に反すると、一国のトップが批判するということを仮定すればわかりやすいであろう。私自身は、なんらかの少子化対策が必要であり、そのための公的資源配分の変更自体という一般論には賛成するものの、その対策が費用に見合ったものか、とか、移転元となる部分の公的支出の削減や国民の負担増加が対策の効果と見合うものなのかについて、きちんと議論されるべきものであると思う。
「友愛」という理念自体は立派なものではあろうが、その現実的な内容はアイマイなものであるし、なにをもって友愛とするかということは個人ごとに大きく変わるはずのものである。
このような個人の価値観とも深く結び付く言葉を一国のトップが(個人としてではなく)、現実政治の理念とすることには、どうしても違和感を感じてしまうのである。

そして、このように一歩誤ると危険な言葉にもかかわらず、その甘い響きによりその危険性をみえなくさせ、さらに、他人からの批判が許されないものとされる極めて大きなリスクを有することを感じさせなくすること、これが一番の心配である。(戦前・戦時中の大東亜「共栄」圏とか八紘一宇という、きれいな理念が戦争の現実を隠したことを考えてほしい)

私なりにまとめてみれば、「友愛」は個人が自分自身に課す言葉としては倫理上優れたものであろうし、さらに、これをその個人の損となるかもしれないことを承知の上で実践するならば、ある意味で、立派なことであろう。
しかし、「友愛」を他人に期待したり、他人に強いるならば、単なる自己中心的な人間となってしまうだろう。

私は「友愛」ではなく「You I」であると思う。そして、「友愛」はIに求めるものであり、Youに要求すべきものであってはならないと考える。
そうでなければ、YouとIはあい異なる、しかし、互いに人間としての価値は同一であるという、人類が過去の歴史の中から見出した教訓を無にしてしまいかねないかもしれない。
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ところで、「友愛」というのは一つの理念であるが、がん治療においても「理念」があるはずである。
いや「理念」というと言葉が大げさすぎよう。
どのような「治療」を受けたいのかという、個々の患者の「理想」というべきものである。

このようなものがなければ、自分自身の治療に対して、自分自身が主体的に判断していくことは不可能であろう。
もちろん、標準的治療とか教科書的治療、あるいは、おまかせ治療で良いというのであれば、このような理念・理想は不要であるし、単なる不満の元かもしれない。
しかし、標準的治療の先を行く(行っていると思われる)ような治療や積極的な治療を希望するならば、なんらかの「理念」なしには不可能である。

がん治療でも「理念」は重要ではあるが、しかし、自分自身の治療で実際に適用しようというときには、いろいろと注意が必要である。

まず、第一にどのように立派な「理念」であっても、現実の医学水準・社会条件から、それを適用することは、マイナス(特に医学面で)かもしれないことである。
現実を踏まえて、「理念」を押し通した場合のプラス・マイナスをきちんと知らなければ不幸かもしれない。
建前だけは麗しいトンデモ医療にはまってしまうのは、このような人が多いようにも見られる。

次に、医者側にも、医療者としての理念がある。
医学的にマイナスである可能性が高い治療は拒否するだろうし、そこまでいかなくとも教科書から離れた治療には消極的であろう。また、自分の知識・経験では困難な治療、これまで行ったことがない治療もハードルが高いであろう。また、医学的に妥当と思っていても、自分がおかれている健康保険制度などの制約の前に行えないこともあるかもしれない。
このようにあい異なる相手にもかかわらず、自分の理念にしたがってくれる(したがうべきである)と信じて、理念を押し通そうとするならば、医師との軋轢と不満だけが高まってしまうことになるだろう。
では、どうすべきか。
相手を自分とあい異なる存在であるということを認識したうえで、自分の理念を説明し、これに手を貸してくれるように説明・説得する努力をするということにつきるのではなかろうか。また、この際には、自分の理念の結果が、医療の現実を踏まえると、医学的にはマイナスかもしれない(あるいは、この程度のプラスが期待される)ということを十分に理解していないと、説得力はかなり欠けてしまうだろう。

がん治療において、医師と患者はYou Iである。
あい異なる存在が、相手があい異なる存在であることを踏まえたうえで、双方の理念を理解し、出来るかぎり、その理念がかなうように努める。
これが、がん治療において、実現するのは大変なことではあるが、あらまほしき「You I」であると思うがどうだろうか。

2009年9月28日 (月)

日本社会 -観念と現実のあいだ-

前回、話題として使わせていただいた「タテ社会の力学」(中根千枝、講談社学術文庫)の一節に「観念と現実のあいだ」がある。
正直なところ、この内容と「タテ社会」にどのような結びつきがあるのかはっきりとは理解できないのではあるが・・・
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日本人は、自分たちの社会が力学的に規制されているということを、無意識に体得しているのではなかろうか、と私は思う。なぜならば、社会的評論(識者・評論家などといわれる人々のみでなく、一般の人々の社会現象への対応を含めて)というものが、あまりにも観念的なもので、現実の上をうわすべりしていることと、そうしたあり方を、むしろ当然のことのように受けとめているからである。
(
)日本における社会評論というものは、主観的で独りよがりになりやすく、問題を対岸の火事のように扱い、説得力もなく、問題の解決に役立たないものが多い。たとえば、余の関心を集めたなげかわしい社会問題に対して、道徳的批判を熱心にして、その後で「要するに教育(制度)が悪い。これをなおすべきだ」ということがよくきかれる。この種の意見は、もちろん、教育関係者以外から出されるのが常で、文部省がけしからん、とか、学校教育の内容が悪いことを指摘する。
もちろん、こうした指摘は十分意味のあるものと思われるが、それでは、実際に、どうしたら教育をその方向に改革することができるか、()どれほどの関係者のエネルギーと時間がかかるか、あるいは、それでもできるのかどうか、という問題となると、ほとんど戦略をもちあわせていない。
さらに、たとえ、教育制度や内容を変えることができたとしても、それが実際にどのくらいの効果をもつものであるか、といった予測においては、まったく希望的観測の域を出ない。日本人の教育に対する期待は、並はずれて大きいような気がする。()
とにかく、実情にメスを入れて方法を論ずるのではなく、「こうあるべきだ」という謳い文句や、「こうすべきだ」という主張の吐露に力点がおかれるのが、日本における社会評論の特色である。実態をどのようにしたら、どこまで改善できるか、またできないか、という実態の把握をもとにした具体的方策に関する問題は、彼らの関心の枠外におかれているようにみえる。
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前の記事にも書いたように、この本の初版は1978年なので少なくとも30年は観念主義的社会評論が続いてきたらしい。

もちろん、実態に入るべきことを強調しすぎると、現場の人間しか発言権がなくなってしまう。
また、現実に足を引っ張られてしまい「あるべき論」が出来なくなってしまうかもしれない。
しかしながら、あまりに現実を踏まえない(あるいは、都合のよいように無視した)社会評論「しか」ないというのは、また、それが生活に直接影響を及ぼす問題に対するものの場合は・・・かなり問題かもしれない。

観念論的社会評論家が不用とは思わないが、他方、現実を分析・把握して、意味ある(可能性の高い)処方箋を示す現実的な評論家もいないとバランスを欠くだろう。
そして、現実的な評論家が個別的なものを対象としないといけないことを考えると、観念論的社会評論家は現実的な評論家の1/10とか1/100しかいらないだろう。「現実としても」現在の社会評論家の99/100は口先だけ、あるいは、外国など他人の説の紹介だけという無用の代物でもある。

最近のいろいろな問題へのマスコミの報道ぶりとそれに対する国民の反応(それとも予想される国民の反応に媚びるマスコミ報道とその予測どおりの反応しか示さない日本国民)を見ていると、国民が現実を離れた「観念」に振り回されて満州事変から太平洋戦争へと進んでいったことの二の舞を、近い将来に演じる(演じつつある)のではないかと心配するこの頃である。
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しかしながら、この「あまりにも観念的なもので、現実の上をうわすべりしている」という風土は、がん治療に対する姿勢にもあらわれている。

例えば、混合診療というと「治療に不平等が出る」とか「国内データーがないという安全問題」を持ちだす。
しかしながら、未承認抗がん剤や健康保険適用外抗がん剤といっても、その価格はピンからキリまである。場合によっては、効果も安全性も不明な「がんに効くと称する健康食品」よりも安価である場合もある。
さらに言うならば、不平等が問題ならば、早期に健康保険適用にすべきというのがあるべき意見のはずであるが、現在の健康保険制度(国内データーに固執する。これも国民の保険費を使うのだから一つの立場ではある)を変えるべきであると、現実に即した意見にはならない。少なくとも、健康保険制度という現実がある以上、それに対する自己責任ペースの自己防衛権を奪うのが正しいことであろうか。
安全性にしても、海外データーはあるのだから、不確実性があることを見込んで、どの程度の効果があるのか、逆に副作用はという現実的な議論は聞いたことがない。
そして、一時期、未承認抗がん剤で騒いでいたがん患者のほとんども、現実についてきちんとした知識もなく、単に「海外で使用されている最新の抗がん剤」という観念的な憧れだけによっていたのではなかろうか。いつの間にか、根本的な解決もないまま騒ぎが収まった今となっては、このように考えざるを得ない。

最近、言われているがん治療の均てん化も同様である。
別に中央と地方の格差是正の必要がないというつもりはない。
しかし、「均てん化」の内容がよくわからない。
良くも悪くも(中央も地方も)標準的治療が普通となってしまった現在、何を均てん化するのだろうか。
もしも、標準的治療が無効になってしまった次の治療というのならば、たしかに中央のほうが熱心な医師はいるかもしれないが、しかし、これは人口が多い=医師が多いということの反映でもある。中央に住んでいれば、優れた医師にめぐり合えるわけではない。
さらに言えば、この情報化の現在において、医師が得られる情報量はその努力次第であるし、経験という意味では、一人の医師当たりのがん患者数には大きな差がなかろうから、これまた、大きな差はないだろう。
逆に在宅医療環境などは、住宅状況に恵まれた地方の方が上かもしれない。

単に「均てん化」というだけで、具体的にどのような差があり、それがどの程度のマイナスなのか、また、それを解消するのに効果的な施策と必要な資源(金・人)といった現実を踏まえたものを遺憾にして私は知らない。
なんとなく中央のほうが優れているという「思いこみ」(←どの程度正しいのかは別として)に基づき、「憧れ」を語っているだけのような気がする。

また、良くネットの掲示板に見る最先端医療への希望にしても、本当にどの程度の効果が見込まれるのか(自分に対して有効なのか)という現実を調べようともしない方があまりにも多いように見える。

さらに、がん治療に限らず、救急医療とか産科医療(多分、この次は外科?)など日本の医療において改善が必要なことが叫ばれる。
しかし、そのための具体的な解決策はあまり聞かない。また、行われつつある具体的な解決策についても「どこまで有効なのか」ということは聞かない(多分、本質的な解決にはつながらないことが明らかになることを恐れてかもしれない)
なんとなく、「人の命は地球よりも重い」的な観念が大本にあり、(人の命のためには)救急医療体制の充実が必要であるということを言いさえすればよいと思っているのではなかろうか。
少なくとも、現在の問題を具体的に改善するというならば、どの程度問題解決に有効なのか、他方、そのために必要な「人・物・金」はどうするのかという、現実を踏まえたものでなければならないと思うのだがどうだろうか。

なお、私は、現在の健康医療制度を維持するため(だけでも)には、健康保険料の50%とか倍増(あるいは、それに相当する増税)が必要であろうと思っている。
ひょっとすると、合理化など医療の合理化で10%ぐらいの捻出は可能かもしれないが、疲弊しきっている現在の医療を通常に戻すためには、最低でも、それ位の金(それによって人が増える)は必要であろう。

もちろん、負担水準をこれ以上あげることができないという意見が多いだろう。
であれば、健康保険の性質を「セーフティネット」として最低限プラスアルファ程度のものにするしかないのではなかろうか。
観念ではなく、具体的な現実に即した議論が必要であると思うがどうだろうか。

かなり話を発散させてしまった。

私なりに思うがん治療とは、観念(どのような治療(←抽象的)を受けたいのかという理想)は絶対に必要である。これなしには、患者本人(他人とは異なる自分)の価値判断や決断ができないだろう。
しかし、観念のとおりに世界があるわけではない。期待される効果と予想される副作用、経済的な負担、時間的な負担という現実をきちんと把握する。
そして、把握された現実を観念に照らして、一番後悔が残らないと判断された選択肢を選ぶ(それがどの程度不本意なものであっても)ということを続けていきたい。

2009年9月21日 (月)

タテ社会

女性研究者の草分け的存在である中根千枝氏の「タテ社会の力学」(講談社学術文庫)を読んでみた。
初版が1978年らしいので30年以上前の本になるが、一部の例示が古臭い(例えば、ほぼ死語に化している「亭主関白」)ほかは、全体として、いまだに現在の日本にも当てはまっているように感じる。日本社会の本質をついた名著なのだろう。

ところで、タテ社会というと、体育会系の上級生絶対という軍隊的集団を思っていたが、中根千枝氏のタテ社会は、これよりももっと広い集団を意味していた。

きちんとした定義付けがなされていないので、私なりの理解となるが、外に対して閉鎖的(境界がある)であり、内部には構成員には序列(順位)があるという集団を意味しているようである。
ちなみに、これに対して、個人と個人の結びつきがもととなり、それが網の目のように広がっているものをネットワークとしている。

このタテ社会では、集団内は柔軟なつながりであり、序列を守る(礼節を守る)限りにおいて、個人の「わがまま」は許容される。また、集団内に小集団がある場合には、集団の上位の指示よりも、小集団内の上位の指示が重要視される(社長の言葉は尊重するが守るとは限らない。他方、現場監督の指示には絶対服従する)こともある。
かえって、ルールベースの西欧社会のほうが上位の指示(ルール)に服従する。
また、このような意味で、タテ社会では、上位は下位に対して、「圧力」をかけることはできるが、「権力」をふるうことに対しては、下位の反発を受けることが多い。

以上は、タテ社会における集団と個人の関係であるが、当然、集団と集団の関係ということもある。
まず、集団とその中の小集団(個人が直接所属している)の関係であるが、<集団と小集団の統合は、制度的というか、慣習的な約束によって行われる。つまり、大集団内のルールは集団単位のもので、個人の小集団への統合のあり方とは質を異にするものである。小集団内の人間関係はルールというよりも、条件、個々人の相対的な関係によって規定され、個々人を直接しばるものであるが、大集団内の集団関係には、条件によって容易には動かない制度的ともいえる慣習化したルールが存在している。そしてこれは個々人には間接的にしか働かない性質のものである>
他方、集団とソトの集団の関係は<各レベルにおける上下関係を守ること、そして各集団の既得権を相互に侵さないことである>
さらに、(単位となる)小集団について、<日本の小集団は欧米の個人と同じような性質をもっている。・・・欧米の人々が個人(個としての単位)の尊厳を保つために、抵抗を示すと同じように、日本の小集団はそれを部分とするその上位集団や隣接集団に対して、単位の独立性を強く主張し、抵抗を示すのが常である。これは、小集団において個人がその部分として統合されることに抵抗をあまり示さないことを想起すると興味深い>

これらをまとめたのが、
<
筆者がタテの関係という用語によって意味する一つの重要な人間関係は、下位の者が上位に従属することなく、うまく組み合うことである。そして、ソトに対しては上下の礼節を忘れないことである。したがって「タテ」という用語によって一般にイメージ化されやすい、どちらかというと非人間的なオーダーは、とくにソトに対しての秩序であり、・・・人と人というよりは、むしろ集団と集団の関係にあらわれるのである。内部における実際の人と人の関係の特色は、むしろ「組む」ということにある。>
ということであろう。


もちろん、以上は、私にとって、特に注目されたことをあげただけである。
現在の会社内の、あるいは、政治(政界)の動向を見ていると、本当に30年経った今でも「たしかにあてはまる」という内容が、このほかにも多く書かれている。
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ところで、日本の医療をタテ社会の観点でみるとどうだろうか。

まず、医療界という大きな集団がある。そして、この集団がたしかに「隣接集団に対して、単位の独立性を強く主張し、抵抗を示」していることは、人間の命を預かる医療は「医学は聖域である(ソトから制約されない)」という意識にみられるようにかなり強いように思える。
そのためか、刑事訴訟などになると(私が見ても濡れ衣的事件が多いように感じるが)「感情的」としか見えないような拒絶反応を示す。なお、念のために言うと、医師がシュリンクしてしまわないように、変な捜査や起訴に異議をとなえるのは当然であると思っている。ただ、ここで言っているのは、(それが正当なものであるとしても)その反応ぶりが理性ではなく感情が先走っているようにしか見えないということである。
また、(多少ならば)へんな医師がいても、これをかばっているような体質がありそうに見えることが多いのは、小集団が内部の構成員に「わがまま」を許すことと共通していよう。

この大集団の中の小集団であるが、実際の治療にあたっての医療チームではなく、「医師」「看護師」などの職能別になっているように見られる。
したがって、医師は看護師に対して独立性を主張することとなり、つまり、一人の患者の治療を「協力」して行うのではなく、医師が看護師に「指示」するという関係が生まれてしまう。
いろいろなレベルで、日本はチーム医療がうまくいっていないとか、病院間(例えば、地域がん拠点病院と診療所間)連携がうまくいっていないというのも、このへんに原因がありそうである。

そして、がん治療について、「現実」を見てみよう。

「患者が治療の『主役』」などという耳触りのよい言葉が時折聞こえるようになってはきたが、本当にこのような治療が実現しているのは稀であろう。

大きな理由の一つは、患者が「主役」をはるのには、あまりにも力不足であるということである。知識不足はある程度仕方がないとしても、それをいくらかでも高めるような努力すらしない、与えられた情報も都合のよいようにしか受け取らない、おまかせしかしないのに勝手に予想したような成果が出ないと感情を害する・・・
たしかに、患者側にも努力すべき点はある。

しかし、それ以上に強いのは、医師という小集団の構成員として、(看護師などの医療関係者ですらない)患者を、治療において協力し合う存在ではなく、指示・指導する対象としか映らないというのは、ある意味で、タテ社会の構成員としてつちかわれた本能なのではないだろうか。

医師が医師という小集団の構成員よりも、現実の治療現場(医師、看護師、患者など)という、現実の血の通った小集団の構成員となり、また、患者も治療のソトに属するのではなく内に入る(入るだけの努力をする)

これまでは、医療(医師と患者の関係)というと、権威主義というかパターナリズムの要素が強かったように見える。
もちろん、これには良い半面もあるであろうが「「タテ」という用語によって一般にイメージ化されやすい、どちらかというと非人間的なオーダー」ということでもあるように思う。

私は、現実の治療現場(医師・看護師・患者)が基本的な小集団であり、そこでは「下位の者が上位に従属することなく、うまく組み合うことである。そして、ソトに対しては上下の礼節を忘れない」、このほうが(構成員の一員として患者も努力が求められるものの)、より居心地の良く治療を受けることができるように感じるが、これは少数派の意見なのだろうか。

2009年9月14日 (月)

マニュフェスト

二週間連続で、遅ればせながらの選挙関係ネタから。
これも選挙直前の朝日新聞の土曜版の記事。
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丹羽宇一郎の負けてたまるか! 「マニュフェストは参考程度」

明日30日は投票日。長い選挙戦の間、各政党はマニュフェストを前面に競い合ってきた。
(
)
マニュフェストとは本来、政党の「声明書」であり、人体で言えば骨格だ。たとえば「中間層に厚い政治をする」「外交は日米協調路線」など骨太の政策を述べるものであり、5060もの「小骨の大盛り」公約を並べることではない。
これだけ変化の速い世の中で4年も先のことを声高に言ったところで、どれだけ実現できるのか。経済界では、いまや1年ごと、四半期ごとの計画しか出せない。資源価格や為替が激変するからだ。政治とは、いかに国益を損なわずにこうした変化に対応するかであり、一寸先もわからないのに安易にバラ色の約束をする行為は、「変化に対応しません」と言うようなもの。かえって日本の政治は硬直化してしまう。
その点、政界も財界もマスコミもマニュフェストに踊らされすぎている。()マニュフェストを公約にするなら、それを予算化し、実行されない場合に責任をとる仕組みも作るべきだ。点数をつけるなら、予算(計画)ではなく決算(実行)の段階だろう。
有権者としてすべきことは、政治家や政党の過去の実績や発言、人格、品格から本当に信用できる人を選ぶことだ。マニュフェストは判断材料の一つにすぎない。
(
朝日新聞 829()be on Saturday be4)
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この記事について、まず念頭に置いておくべきは、丹羽氏が伊藤忠商事取締役会長という立派な経済人であることである。
このような立場からは、国民へのバラマキを主体とする民主党のマニュフェストが古代ローマの「パンとサーカス」の約束と同様なものに映ろうし、それに対抗する自民党のマニュフェストも同類項に見えるであろう(なお、私にもそのように見える。)
したがって、政権をとった後も、マニュフェスト至上主義を貫かれては、経済界はたまったものではないという危機感がこの記事の根底にあるように思えるが思いすごしであろうか。

また、現実の経済と比べて、行政は時定数が長いことが多く、たとえ経済界が短期間の計画しか見通せなくとも、行政(政治)にあてはまるとは限らない。
もちろん、緊急の事態に適切に対応すべきことは当然であるが、かなりの部分は、数十年後のあるべき国の姿を想像し、そのためにこれから5年ないし10年間でなすべきことを整理し、そのうえで、この1年とか2年で現実に行うべき施策を実施する。これが、本当の政治・行政ではなかろうか。

ところで、最後の「マニュフェスト」よりも「政治家や政党の過去の実績や発言、人格、品格」というのは正論かもしれないが、「政治家や政党の過去の実績や発言、人格、品格」を見ると合格点に遠く達しない政治家ばかりという現実を前にすると、数値化されていて客観的な分だけマニュフェストに頼るのがマシというのが現実ではなかろうか。
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ところで、がん治療でのマニュフェストに近いのは、標準的治療における標準レジメンではなかろうか。

患者の身長・体重をインプットすれば、具体的な薬量や点滴速度まで求められるし、さらに、マニュフェストとは異なり、効果(可能性)・副作用(可能性)までわかってしまう。

しかしながら、個々の患者をとれば、効果・副作用は大きく異なる。
また、いつそのレジメンが無効になるかも不明である。

本来、がん治療とは、このような変化にいかに対応していくか、それが本質のはずである。
しかしながら、患者ごとの変化にあわせて、投薬の調整・変更や副作用緩和のための対応を十二分に出来る医師は必ずしも多くないらしい。

もちろん、過去の口だけの公約よりマニュフェストのほうがマシなのと同様に、十年前のデーターに基づかない、治療のアリバイ作りとしか思えないような治療よりは、標準的レジメンがマシなのは言うまでもない。

とはいうものの、見せかけの「パンとサーカス」につられて、トンデモ医療にはまるのは論外としても、マニュフェスト(標準レジメン)の効果と限界は忘れてはならないはずであるし、マニュフェストの内容は参考程度としても一読はして、おおよその内容を知っておくことは必要であろう。。

しかしながら、患者がこのようなことを考えざるを得ないということは、「政治家や政党の過去の実績や発言、人格、品格」を見ると合格点に遠く達しない政治家ばかりというのと同様に、「抗がん剤治療における知識・経験が豊かであり、かつ、(品格とは言わないが)人格立派な医師」がほとんどいないことのあらわれかもしれない。

2009年9月 7日 (月)

自分の一票

総選挙も終わり、実際の政治・行政がどのように変わっていくのかに関心が移りつつあるタイミングに、時期遅れの記事をアップする。

選挙前日の朝日新聞の土曜版の「磯田道史のこの人、その言葉」という記事を引用する(朝日新聞829()be3)
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磯田道史のこの人、その言葉
             
尾崎行雄(18581954)

わが国の有権者の多数はまだ自分の一票に憲政を活殺する程の力があることを知らない。


この国の議会と選挙について最も長く、そして深く、見つめ続けたのは、尾崎行雄だ。()
明治初年の文明開化の空気で育った彼は理想家で、日本に「名実かねそなわる政党政治を実現する」夢を追いつづけた。しかし政党モドキの利害集団しか出来ない。「なんとしても本来の政党をつくらねばだめだと思ってずいぶん骨を折ってみたが、どうしてもだめであった」。敗戦直後「なぜだろうと考えてみた」という。やはり日本人は利害や感情で結ばれる親分子分の私党レベルで政治を考えてしまう。政策で結ばれて行動する公党の精神をのみこめていない。そもそも「頼まれたから」「義理があるから」といって投票するのはおかしい。それをやっているうちは本物の政治はやってこない。老いた尾崎はそう思い、最後の力をふりしぼり、投票の心得を有権者に説いた。

「自分はいかなる政治を希望するかという自分の意思をはっきり決めてかかることが大切である」「各政党の政綱政策をまじめに研究し、自分の希望するような政治をやる政党はどれか、よくよく見極めてから投票すること」(『民主政治読本』1947)。世論調査によれば、今回の選挙は「政党の政策重視」で投票する人が多いという。尾崎の時代にくらべ隔世の感がある。明日は日本の憲政を活殺する日だ。
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前にも書いたが、憲政の神様尾崎行雄が、普通選挙の前提として、民度の向上が必要(民度が低ければ、普通選挙は時期早尚)と考えていた。この新聞記事の内容も、ある意味では、このことの延長にすぎない。

しかし、「世論調査によれば、今回の選挙は「政党の政策重視」で投票する人が多い」ことのみをもって「尾崎の時代にくらべ隔世の感がある」とは、磯田氏は、まことにおめでたい人である。

少なくとも、前回・今回の総選挙で吹き荒れた嵐(風などというものではない)は、政治を「感情」レベルでしかとらえきれない人や、(頼まれた・義理に代わって)世の中の雰囲気だけで投票する人が多いことを示していないだろうか。
また、「政策重視」というより、国民へのスリヨリ重視、つまり言葉を変えた利害重視にすぎないのではないか。
例えば、「子ども手当」は、政策論としては「子どもを有さない家庭」から「子どもを有する家庭」への強制的な所得移転(つまり、扶養控除の削減という形で、子どものいない家庭から税金をとりあげて、それを子ども手当という形で子どものいる家庭に配る)というように見ることができる。このような「政策」ではなく「子どものいる家庭にお金」というだけで理解しているのではないか。(なお、少子高齢化社会において、このような政策は正しいと私は考えるが)
どうみても、日本人は利害や感情レベルから抜け切れていないと、私は思うがどうであろうか。


さらに「明日は日本の憲政を活殺する日」であることは、疑いもない。そして、国民はこの大きな権利には気づいている。しかし、政治(憲政)自体は、他の世界のことであり、これに対して「要求」するだけというのが実態ではなかろうか。「憲政を活殺」した結果を被るのは、ほかならぬ国民自身であることをどこまで理解しているのだろうか。
この理解なしには、無知な子どもが核ミサイル発射のスイッチをもてあそんでいるのと同様ではなかろうか。
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ところで、医療、特にがん治療において、インフォームド・コンセントが、少しずつ定着しつつあるようである。
また、それなりの数(占める割合がどれくらいかはわからないが)の病院で患者の希望になるべく沿う形で医療の提供しようとするところも増えているようである。

インフォームド・コンテントは、見方を変えれば、望まない医療は拒否できる(それがプラスかマイナスかは別として)という拒否権を患者側に与えたものであり、積極的な一票ではないものの、(拒否するという意味で)マイナスの一票を与えるものと言えよう。

ところで、患者としての貴重な一票の行使をどれだけきちんとしているだろうか。

「がんセンター」「大学病院」というブランド、副作用がないと称するトンデモ病院の「言葉」(これも一種のブランド)に頼ったり、あるいは、「難しいことはわからない」として可能なかぎりでの理解もせずに「お任せ」するという、いわば棄権。
これが本当に受けたい治療ならば、外から口をはさむ気はないが。

あるいは、恰好よい名前の最先端治療を、自分のがんに適応があるのか、また、従来の治療に比して、どの程度勝っているのかも調べようとせずに、これを求める。
これでは、もしも病院が患者の意思に出来るかぎり沿った治療をする準備があってもどうしようもない。

やはり選挙と同じく「自分はいかなる治療を希望するかという自分の意思をはっきり決めてかかることが大切である」「各治療法の効果・副作用などをまじめに研究し、自分の希望に近い治療はどれか、よくよく見極めてから決断すること」が大事なはずである。

そして、このような一票が積み重なれば、我が国のがん治療も、より患者に根差したものになるのではないかと思うのだが。

国民の民度に応じた政治しかなされないのと同じように、(日本全体の)患者のレベルに応じた治療しか(日本全体としては)なされないというのは、ある意味で正しいようにも思える。

そして、政治の結果は、最終的には国民が被るのと同様に、患者のレベルに応じた治療の結果を被るのは患者であるはずである。

もちろん、自分の一票が直ちに変化をもたらすことはないだろう。しかし、一票が積みかさなければ、変化はなかなか起きないだろう。

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